有馬温泉に新婚旅行に行く前にやっておきたいこと。鳥汁のガラの使い道
有馬温泉に新婚旅行に行く前に片づけたい課題があった。
親子丼屋を増やす話が、現実味を帯びてきている中、博之の
頭に一つの悩みが残っていた。鶏汁のガラや。
親子丼屋が一軒、二軒のうちはええ。豚汁屋と行き来させながら、
居酒屋でも少し使う。それで回っていた。けど、これ以上
増やすとなると話が違う。「居酒屋一軒で、これ全部は使い切れへんな……」
鍋の底に残る鶏ガラを見ながら、ひろゆきは腕を組んだ。
出汁はもう出切っている。けど、身はまだ残っている。
旨みも、香りも、完全には抜けていない。
捨てる気には、どうしてもなれへん。
割下で味を整え、親子丼に使ってきた鶏。
その余りを、どう生かすか。
ある日、賄いで、ひろゆきは思いつきでやってみた。
鳥ガラの身を細かくほぐし、割下で軽く味を足し、
それを飯に混ぜ込んだ。特別なことはしていない。
油も足さない。具も増やさない。
ただ、混ぜただけや。握って、食ってみる。
「……うまいな」派手さはない。でも、出汁が
飯に回っている。噛むたびに、じわっと味が出る。
「これ、弁当の代わりになるんちゃうか」
ひろゆきは、笹を持ってきて、握り飯を包んだ。
二つ。それを、試しに出してみることにした。
値は、三十文。弁当ほど重くない。
酒のつまみにもならん。でも、腹にはたまる。
「今日はこれ、試しで出してみるわ」
そう言って、居酒屋の端に置いた。
反応は、早かった。「これ、なんや?」
「握り飯か」「……うまいやん」最初は、酒の合間に手に取られ、
次は、帰り際に買われた。
笹をほどいた瞬間、ふわっと出汁の匂いが立つ。
「出汁が効いてるな」「変に濃くないのがええ」
そんな声が、自然と出る。
その日の分は、あっという間になくなった。
翌日も出す。また、なくなる。
「弁当より軽いのがええな」「これなら昼でもいける」
評判は、じわじわ広がった。
ひろゆきは、ここでようやく腹に落ちた。
これは“余り”やない。次の柱や。
鳥汁のガラは、親子丼の副産物やと思っていた。
でも、飯と合わせたら、ちゃんと一品になる。
しかも、真似されにくい。同じ割下、同じ出汁、
同じ流れを持ってへんと、この味は出えへん。
親子丼屋を増やしても、ガラは無駄にならない。
むしろ、増えるほど、この握り飯が生きる。
ひろゆきは、笹に包まれた握り飯を手に取りながら、
静かに思った。「商いってのは、増やす前に、
ちゃんと使い切ることやな」
親子丼から始まり、居酒屋につながり、
そして、握り飯に落ちる。
線が、また一本、太くなった。
この飯は、今日も、黙って売れていく。




