それから1か月。居酒屋が繁盛し続ける
居酒屋は、一か月間、一日も耐えることなく回り続けた。
開店から閉店まで、人の流れが途切れない。満席が当たり前になり、
入れなかった客が文句を言うのも、いつもの風景になった。
忙しい。正直、楽ではない。それでも、崩れなかった。
月の終わり、ひろゆきは帳面を広げた。溜めていた数字を、
まとめて付ける。売り上げ――六十両。
「……まあ、こんなもんか」声に出してみると、不思議と重くない。
施策は打った。百文セットもやった。六十文セットで入口も作った。
燗酒の人も増やした。給金も、豚汁屋より高く出した。
当然、人件費はかかっている。それでも、
引いて残った利益は、二十両。
「利益だけ見たら、親子丼屋と、そう変わらんな」
ひろゆきは、そう思った。でも、すぐに気づく。
この店は、数字だけの店やない。人の出入りが激しい。
客も、店の者も、話を持ち込んでくる。
「この前な、向こうの町でな」「こんな仕事の話、聞いたで」
「あの噺家、最近評判ええらしい」飯を食いながら、
酒を飲みながら、小話が、勝手に集まる。
商いの話。人の噂。芸の話。
次に繋がりそうな縁。それを、居酒屋の真ん中で、全部拾える。
「……やっぱり、ここを真ん中に据えて正解やったな」
ひろゆきは、帳面に最後の線を引いた。
親子丼屋は、鋭い。豚汁屋は、強い。でも、居酒屋は、広い。
数字は同じでも、集まってくる“もの”が違う。
帳面を閉じると、その様子を、横目で見ていたお高が口を開いた。
「……博之さん」「ん?」「やっぱり、すごいね」
ひろゆきは、照れもせず、首を振った。
「いや、運や」「ううん」お鷹は、はっきり言った。
「運もあるけど、ちゃんと考えて、ちゃんと人に回してる」
そして、少し笑って続ける。
「こうやって、帳面付けながら、次のこと考えてるとこ見るとさ……」
言葉を切り、ひろゆきの腕を、ちょんと突いた。
「……また、ちょっと惚れ直しそうやわ」
「なんやそれ」ひろゆきは、苦笑いする。
「数字付けてるだけやで」
「それができる人が、少ないんよ」
お高は、そう言って、帳面をちらっと見る。
六十両。二十両。その数字の裏に、
人の顔が浮かぶ。
「この店、まだ伸びるね」
「伸ばしすぎんのが、大事や」
「それも含めて、やね」
二人は、しばらく黙った。
店の奥では、熱燗が、静かに湯に浸かっている。
居酒屋は、今日も回る。無理なく、折れずに、
人を集めながら。一か月目は、
ちゃんと、形になった。




