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居酒屋開店。博之とお高のお披露目会


 開店初日は、朝からやった。まだ暖簾も出してへんのに、人が集まり始めている。

 理由は、誰もはっきり口にはせえへん。

 ただ、「今日は何かある」という空気だけが、路地に溜まっていた。

 博之は、お高と並んで店先に立った。二人で深く頭を下げる。

「うちらの店を、ここまで気にかけてくれて、ありがとうございます」

 博之の声は、落ち着いていた。

「今日からは、うちの嫁と一緒に、この店をやっていきます。

 今まで作ってきた流れを大事にしながら、

 これからも、無理せず、でも手を抜かず、続けていきます。

 どうぞ、よろしくお願いします」拍手が起きる。祝いやけど、軽すぎない。

 続いて、お高が前に出た。

「私のことを、三井の縁の者として知っている方もいると思います」

 その一言で、場が少し張りつめる。

「その縁で言えば、博之さんも、これからは三井の縁の者になります」

 ひと呼吸。「でも」おたかは、はっきり言った。

「これまで積み上げてきたものは、全部、博之さんのものです。

 この店も、この場も、ここで働いてきた人たちのものです」

 厨房や給仕の方へ、視線を向ける。

「私は、それを支えたい。縁ができたことで、話が増えることもあるでしょう。

 でも、この店は、この店として、ここで頑張ってきた皆さんと一緒に、

 やっていきたいと思っています」最後に、深く頭を下げる。

「今後とも、よろしくお願いします」

 一瞬の静寂。それから、大きな拍手が起きた。

「……三井の娘さん、これは、ほんまもんやな」その時や。

 人の流れが、すっと割れた。誰かが、小声で言った。

「……大旦那や」三井本家の大旦那が、姿を見せた。

 取り巻きも、派手な挨拶もない。それでも、場の空気が一段重くなる。

 大旦那は、博之とお高を一度見て、ゆっくり口を開いた。

「今日は、めでたい日やな」それだけや。

「この店は、この町で育った。それでええ。

 これからも、そうであればええ」

 余計な言葉はない。けど、それで十分やった。

 周りが、どよめく。“見に来た”やなく、“認めに来た”。

 そう受け取られていた。そして、鏡開き。

 木槌が振り下ろされ、樽の蓋が割れ、酒の香りが、一気に立ち上る。

「升酒、振る舞います!」百人分。祝い酒。

 配り始めたマス酒は、五分も経たずに、すべて消えた。

「もうないんか」「さすがに早いな」

 笑いが起きる。間を置かず、声が飛ぶ。「百文セット、頼むわ」

 一人やない。二人、三人。次々に続く。

 二十組分の百文セットが、三十分で終わった。

 酒は温まり、小鉢は滞らず、半人前の親子丼が、きれいに回る。

 決めた通りや。博之は、心の中で思った。

 大旦那が来たから売れたんやない。

 来られても、崩れへん準備をしてきた。それだけや。

 暖簾の奥では、次の熱燗が、もう湯に浸かっている。

 居酒屋は、この日、ほんまに動き出した。

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