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居酒屋開店前の最終確認

 

 人を集めたのは、開店を三日後に控えた晩やった。

 鍋はまだ火を入れていない。酒も栓を開けていない。

 せやけど、空気はもう、店のそれやった。

 博之は、全員の顔を見渡してから口を開いた。

「今日で、全部決める」

 ざわついていた場が、すっと静まる。

「まず、酒や」博之は、指を三本立てた。

「灘、伏見、伊丹。この三つだけで行く」

 銘柄は言わん。土地で出す。

 このやり方は、もう皆分かっている。

「全部、二合半。こなからや。三十文で売る」

 細かい刻みはしない。腰据えて飲む客だけ、迎える。

「次、回し方」ここで、少し声を強めた。

「居酒屋は、回らんとあかん。せやから、二つセットを作る」

 ひとつ目。「百文セット。一日二十組だけ」

 内容は、もう共有済みや。

 二合半の酒。つきだし。小鉢二つ。半人前の親子丼。

「三時から五時まで。仕事終わりの時間や。出たもん勝ち」

 数を決める。時間を切る。揉める余地を残さへん。

「もうひとつは、六十文セット」

 酒と小鉢二つ。これは常設。

「これはな、これから飲む人の一杯や」

 腰据えて飲む前の助走。百文を逃した客の受け皿。

「この二つで、流れを作る」誰かが小さくうなずいた。

「でな」ひろゆきは、少し間を置いた。

「今日は、もう一つ大事な話がある」

 視線が集まる。

「この居酒屋は、お高さんと俺の顔見せも兼ねてる」

 お高が、一歩前に出る。場の空気が、一段明るくなる。

「店だけやない。人も含めて、ここや」

 博之は、そう言った。「せやから、開店初日は、祝いをやる」

 どよめきが起きる。「升酒を用意した」その一言で、場が沸いた。

「一升分の酒を、百人限定で、ただで振る舞う」

 太っ腹や。せやけど、計算はある。

「これは、商いちゃう。挨拶や」

 この店が始まること。二人がここに立つこと。

 それを、町に知らせる。「だから、頼む」

 ひろゆきは、ぐるりと見渡した。

「初日は、酒を惜しむな。声を惜しむな。笑顔を惜しむな」

 忙しくなる。きっと、想像以上に。

「でも、慌てんでええ」百文は二十組。酒は三種。

 値段も、全部決まっている。

「やることは、もう増えへん」最後に、博之は言った。

「この居酒屋は、ここまで積み上げてきた全部の答えや」

 豚汁も、親子丼も、人の配置も、酒の温度も。

「今日から、もう一段上に行く」お高が、静かに笑った。

 場は、自然と拍手に包まれた。気合いというより、覚悟や。

 暖簾が上がる日まで、あと少し。準備は、整った。

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