居酒屋で出す酒の最終確認。伏見、伊丹、灘の三本立て
博之は、酒を一緒に選ぶように頼んでいた二組四人を、
居酒屋の奥の卓に呼んだ。まだ暖簾は出ていない。
鍋も火を入れていない。ただ、酒の話をするには、ちょうどええ静けさやった。
「今日はな、最終確認や」
博之がそう切り出すと、四人とも姿勢を正した。
遊びで来ているわけやない。自分たちが選んだ酒が、この店の顔になる。
それは、全員分かっていた。「まず、数は絞る」
博之は、指を三本立てた。
「灘、伊丹、伏見。この三つを、それぞれ一本ずつや」
誰も異を唱えない。むしろ、納得した顔や。
「銘柄は言わん。土地で出す。二号半、三十文。これ一本勝負」
こなからだけ。「細かい売り分けはせえへん。腰据えて飲む店にする」
四人のうちの一人が、うなずきながら言った。
「分かりやすいですね。迷わせない」「せや」
博之は続けた。「味の役割も、はっきりさせる」
まず、伏見。「伏見は、女酒や。水が柔らかい。
口当たりがええ。尖らん」
「話しながら飲める酒ですね」別の一人が言う。
「せや。給仕の女の子も、これやったら話しやすい」
場が、少し和らぐ。「次、伊丹」博之は、真ん中に置く。
「柔らかすぎへん。固すぎへん。ちょうど真ん中や」
「飯にも合うし、酒だけでもいける」
「せや。一番、使う酒になるやろな」
最後に、灘。「これは、切れる」博之は、短く言った。
「辛口。締まる。男酒や」
「こなからで頼むと、だいぶ来ますね」
「せやから、飲む人を選ぶ」四人とも、ここで全体像が見えた。
柔らかい伏見。中庸の伊丹。切れの灘。
三つで、場を作る。「これ以上、増やさんでええですね」
「ああ」博之は、即答した。
「酒で迷わせたら、料理が死ぬ」
親子丼は締め。鯖の味噌。弁当で出している一品。
全部、酒が引き立てる側や。「燗の具合は?」
最後に出た問いに、博之は少し笑った。
「それはな」一拍置く。「圧燗を司るやつに任せる」
温度は、数字で決めへん。日で変える。客で変える。
場で変える。「今日は灘、強めやな」
「今日は伏見、ぬるめでいこか」
それを判断するのが、燗酒師の仕事や。
「酒は土地で決める。値段は量で決める。味は燗で決める」
博之は、そうまとめた。
四人とも、黙ってうなずいた。これで、決まりや。
派手さはない。けど、崩れない。
この居酒屋は、酒で勝とうとせえへん。
場で勝つ。暖簾が出るのは、もうすぐやった。




