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親子丼屋だけをやりたがる店の人間が出始める


 その話は、ある日ぽつりと出てきた。

「親子丼屋、やらせてもらえませんか」

 言い方は丁寧やった。真面目な顔で、遠慮もあった。

 せやけど、ひろゆきは一瞬で分かった。

 あ、これは危ないやつや。

 そいつは、腕も悪くない。手も早いし、段取りも覚えた。

 親子丼屋では、よう動いている。「親子丼の方が、ええですよね」

 続けて、そう言った。「流れも早いし、売上も立つし。

 正直、豚汁屋より、楽やないですか」悪気がないのは分かる。

 数字を見たら、そう思うのも無理はない。

 一日八十杯。一杯五十文。毎日一両。

 月三十両。豚汁屋の倍の数字が、目の前で回っている。

 ひろゆきは、すぐには答えへんかった。

 少し間を置いてから、静かに聞いた。

「なんで、親子丼だけなんや」

 そいつは、少し詰まってから答えた。

「……効率がいいですし」

 その一言で、ひろゆきの中で線が引かれた。

 効率。それ自体は、悪い言葉やない。

 せやけど、それだけで店を選ぶなら、

 うちのやり方とは、合わへん。

「親子丼はな」

 ひろゆきは、ゆっくり話し出した。

「うちでは、主役やない」相手の顔が、少し曇る。

「稼ぎ頭ではある。せやけど、親子丼だけで立つ店やない」

 ひろゆきは、豚汁屋の方を指した。

「あっちで、何時間も火を見て、出汁を炊いてる人間がおるから、

 親子丼は速く出せる」

 割下を足せば、味は決まる。

 けど、元になる汁が崩れたら、全部終わりや。

「親子丼だけやりたい言う人間は、

 たいてい、重たい仕事を見てへん」

 空いた時間に、ひろゆきはそいつを豚汁屋に連れて行った。

 鍋の前。汗。静かな集中。

「これ、見たことあるか」

 首を横に振る。「これが、親子丼の裏や」

 火を弱める。灰を払う。色を見る。

「ここを飛ばして、上だけやったら、

 一時は儲かる。せやけど、必ず崩れる」

 ひろゆきは、はっきり言った。

「親子丼屋だけやりたい人間は、

 うちでは使わへん」

 冷たい言い方やったかもしれへん。

 けど、曖昧にしたら、後で歪む。

「二軒一組や」何度も言ってきた言葉や。

「片方だけ選ぶなら、

 最初から、ここには立たんでええ」

 その場は、静かに終わった。怒鳴りもせん。

 揉めもせん。ただ、方向が違うことを、はっきりさせただけや。

 その夜、ひろゆきは帳面を見ながら思った。

 儲かる店が出てきた時、一番最初に壊れるのは、

 人の考え方や。楽な方、軽い方、

 数字が立つ方に、心は流れる。

 せやからこそ、線を引かなあかん。

 親子丼屋は、稼ぐための近道ではない。

 豚汁屋と一緒に歩くための、早足の道や。

 それを分からん人間には、やらせへん。

 博之は、そう決めていた。

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