親子丼が売れすぎて困ったので親子丼屋常連に焼き印渡して豚汁屋10文割引カードをつくってみた
親子丼は、売れすぎた。九軒目を出してからというもの、
声が止まらん。「もっと店を出してくれ」「量を増やしてくれ」
「昼も夜も足らん」嬉しい話や。けど、ひろゆきは、そのどれにも
すぐには頷かなかった。ここまで来れたのは、一軒一軒、
無理せず積み上げてきたからや。勢いに任せて増やしたら、
どこかで必ず歪む。量を増やすいうことは、現場の人間を
酷使するいうことでもある。「それは、やらへん」博之は、
はっきり線を引いた。短期で売上を伸ばすより、長く回る形を守る。
その代わりに、前から温めていた案を出した。「焼き印、作ろか」
木札や。ただの札やない。焼いて印を入れる。楽印とも言う。
「百枚だけ。焼き印付きでや」8軒ある豚汁屋で使える札。
親子丼屋によく通ってくれる客に、一枚ずつ渡す。
そして、その焼き印を持って――
「豚汁屋に行ったら、飯を十文引きで出す」
一割引やない。十文引き。金額は小さいが、意味は分かりやすい。
「親子丼、食いたいのは分かる。でもな、うちは豚汁屋で腰据えて
仕事しとる。そっちも食うてくれ」そう、きちんと伝えてほしいと、博之は言った。
豚汁屋の評判は、町でも通っている。料理番付でも、一番下とはいえ名は載っている。
うまい店や、ということは、町の連中もよう知っている。
「話題の豚汁を、十文引きで食えるんやったら、一回行こか」
そう思わせられたら、それでええ。
結果は、思った以上にきれいに流れた。
「それ、焼き印やろ?」「親子丼のとこでもらえるやつや」
焼き印を持つこと自体が、ちょっとした話の種になる。
通ってる証みたいなもんや。「仕事落ち着いたら、夜に豚汁行くわ」
客は、親子丼屋に殺到する代わりに、分散し始めた。昼は親子丼。
夜は豚汁。あるいは、その逆。店は増やさへん。
量も増やさへん。ただ、流れだけを少しずらす。
それが、ひろゆきの選んだやり方やった。
現場の連中も、納得していた。無理をせず、売れ、空気も荒れへん。
「ええ回り方してますね」誰かがそう言った。
ひろゆきは、心の中で頷いた。
商いは、増やすことより、回すことの方が、ずっと難しい。
けど、一度回り出した流れは、簡単には止まらん。
焼き印一枚で、親子丼と豚汁が、同じ町の中で結ばれていく。
時間は稼げた。余裕も残った。
次の一手を打つには、十分すぎるほどに。




