大阪の料理番付に博之の豚汁が乗る
大阪の料理番付が貼り出されたのは、朝の仕込みが一段落した頃やった。
いつもの路地の角、瓦版と一緒に並べて張られたその紙を、常連たちが覗き込む。
「……なんやこれ」最初に声を上げたのは、毎朝豚汁をすすってから仕事に向かう
鳶の親方やった。横綱の欄には、誰もが知ってるうなぎ屋。大関には天ぷら、
寿司、老舗の割烹。その下にも、聞いたことのある名の通った店がずらりと並ぶ。
そして一番下。下段の、端っこ。『豚汁』「ははははははは!」
誰かが吹き出すと、連鎖みたいに笑いが広がった。
「なんでやねん!」「ここまで来て豚汁て!」
「うなぎの横に並ぶもんちゃうやろ!」笑いながらも、顔はみんな楽しそうや。
「でもなぁ」別の常連が腕を組んで言う。
「8軒もやっとるし、食うてるやつ多いのは事実やで」
「せやせや」「昼も夜も、人切れへんやろ」
「なんやかんや言うて、ここが一番使う」
誰かがぽつりと言ったその一言で、笑いの質が変わる。
からかい半分やけど、否定は誰もしない。
「それにしてもや」「高級店山ほどある中で、なんで豚汁が
ここに入ってくるねん」「そら、あの親父やからやろ」
誰ともなく、博之の方を見る。博之は、いつものように
鍋の前に立ったまま、肩をすくめるだけやった。
「知らんがな。勝手に載せられただけや」
そう言いながらも、口元は少しだけ緩んでいる。
一方その頃、三井の屋敷でも、同じ番付が話題になっていた。
大旦那は、朝の茶を飲みながら、番付を広げていた。
目は自然と、下段へ行く。「……おるな」自分の娘の、婿殿の店。
よりによって一番下。しかも、豚汁。
「くくっ……」思わず、声を殺して笑う。
「えらいところにおるやないか」
番頭が不思議そうに顔を見る。
「旦那、何か?」「いやな」
大旦那は番付を指で叩く。
「ここや。ここ」「はあ……豚汁、でございますか」
「せや」「うなぎでも天ぷらでも寿司でもない。豚汁や」
しばらく眺めてから、大旦那はぽつりと言う。
「やっぱり、あいつはおもろい男やな」
「と、申しますと?」「普通やったらな」
「三井の縁になった途端、上に行こうとする」
「看板借りて、格上げして、横綱狙う」
そう言ってから、鼻で笑う。
「せやのに、あいつは一番下におる」
番頭も、ようやく意味を察したように頷く。
「ですが……あの店、数字はええと聞いております」
「せや」大旦那は即答する。
「利益率もええ。回転もええ。人も定着しとる」
番付を畳みながら、続ける。
「それに最近は、新しいもんも作っとるらしいな」
「親子丼、でございましたか」
「ほう」「もう噂が回っとるんか」
「はい。あれも、どうやら筋がええと」
大旦那は、満足そうに笑った。
「せやろな」「あいつはな、派手な勝負はせえへん」
「せやけど、負けへん勝負は必ず拾う」
少し間を置いて、ぽつり。
「ええ拾い物したわ」
娘の顔が、一瞬脳裏に浮かぶ。
あの男と並んで、現場に立つ姿。
「下におるから、伸びる」
「上におったら、止まる」
大旦那は、番付をくるりと裏返し、茶をすする。
「この豚汁、来年はどこに行っとるやろな」
その声は、楽しそうやった。




