九軒目は親子丼屋、居酒屋に出す酒探し
博之の頭の中では、「九軒」と「居酒屋」の形が、ほぼ重なり合うところまで来ていた。
数を増やすこと自体は、もう珍しい話ではない。問題は、その先に何を残すかやった。
新しい看板として考えているのが、親子丼や。奇をてらったもんやない。
せやけど、出汁と鶏と卵、その積み重ねだけで、きちんと勝負できる。
「これな、九軒目の店でやろう思てる」そう言うと、場が少し静まる。
手習いで作らせることも考えているが、今回は新店や。最初は、博之の店で出してきた
“名物”の延長線に置く。仕込みも無駄がない。鶏汁で取った出汁を回して、新たに大きな
仕込みを増やさへん。一本勝負。親子丼だけ。
最初は開店祝いや。昼夜とも、先着十人は四十文。残りは五十文。
「安すぎると思われたらあかん。でも、最初は来てもらわな始まらん」
値付けも、いつも通りやった。
一方、居酒屋のほうは、完全に“集大成”や。豚汁、鶏汁。茄子の煮浸し、
豆腐田楽、出汁巻き。親子丼。それに、丼の出汁殻で作った炒めもん。
これまで積み上げてきたものを、全部一つの場に集める。
残ったのは、酒やった。「さて、酒どうするかやな」
そう言うと、皆の顔が一斉に上がる。「安い酒はやめとこ」
博之は、先に釘を刺す。「うちは路地裏やけど、単価そこそこ取る居酒屋にする。
飯が濃い分、酒も負けへんやつが要る」
狙いは、灘と伊丹。どっちも酒どころや。「酒に詳しいやつ、
もしくは飲みたいだけのやつ。二人一組で手ぇ挙げて」
その瞬間、場がざわつく。「二人で問屋や蔵回ってもええし、
現地行ってもええ。味見代は、俺の小遣いや」
その一言で、完全に火がついた。「俺、行きたいです!」
「いや、俺のほうが酒わかります!」「それやったら俺と組め!」
言い合いになりかけるのを、博之が笑って止める。
「喧嘩したら却下な。ちゃんと組めるやつだけや」
条件は三つ。飯に負けへんこと。食中酒として邪魔にならんこと。
安すぎへんこと。それを持ち帰って、博之に報告する。
「うちの酒は、“語れる”やつにしたい」
そう言うと、皆が真剣な顔になる。飲み比べができる。
出張扱いで蔵を見れる。その上、小遣いは店主持ち。
そら、手ぇ挙げるわけや。
結局、決まるまでにひと揉めもふた揉めもあった。
「これ、ええ居酒屋になるな」
誰かがぽつりと言う。博之は、その声を聞いて、少しだけ口角を上げた。
九軒目と居酒屋。数字やなく、積み上げてきた“やり方”の答え合わせ。
その準備は、もう始まっていた。




