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鶏を出す日 ――四十五文と五十五文

鶏を仕入れた帰り道、博之は少し歩幅を落とした。

 安い。

 質も、悪くない。

 原価は――十五文。

 豚汁の二十文より、軽い。

 軽すぎる。

 それが、気になった。

 店に戻り、鍋を洗い直す。

 今日は、豚を使わない。

 博之は、そのことを何度も頭の中で確かめた。

 豚汁の店だ。それで、ここまで来た。

 鶏を出すのは、逃げじゃないか。

 仕入れがうまくいかなかったから、

 別のもので誤魔化す。

 そう思われたら、終わりだ。

 博之は、鶏の骨を鍋に入れながら、匂いを確かめる。

 澄んでいる。嫌な癖がない。

 脂はないが、芯がある。

「……違う飯だな」

 豚汁の代わりではない。

 別の汁だ。博之は、そう決めた。

 札を書く。 手が、少し止まる。

本日

鶏汁

先着十杯 四十五文

以後    五十五文

 豚汁より、少し下げる。

 原価十五文。

 四十五文なら、三十文。

 五十五文なら、四十文。

 欲張らない。

 だが、安売りもしない。

 一人目は、年配の男だった。

 札を見て、首を傾げる。

「豚じゃないのか」

「今日は、鶏です」

 男は、少し考えて入った。

 一口。

 眉が動く。

「……軽いな」

 博之は、何も言わない。

 三口目。

「だが、悪くない」

 それだけ言って、椀を空にした。

 二人目、三人目。

 若い衆は、首をかしげる。

「腹に溜まらねえな」

 そのまま出ていく者もいる。

 博之は、追わない。

 今日は、全員の腹を掴まなくていい。

 七杯目のころ、女が入ってきた。

 小さな包みを抱えている。

「……鶏、なんですね」

「はい」

 一口飲んで、顔が緩む。

「これなら、重くない」

 椀を、丁寧に置いた。

 四十五文。

 迷いなく、出した。

 十杯目が出た。札を裏返す。

 五十五文。

 博之は、少し緊張した。

 次の客は、荷を下ろした男だった。

「高くなったな」

「先着は、終わりました」

 男は、しばらく札を見ていたが、入ってきた。

 一口。無言。二口。

「……今日は、こっちの気分だ」

 そう言って、五十五文を置いた。

 鍋の底が、見え始める。

 数は出なかった。だが、崩れていない。

 原価十五文。軽い汁。軽い値。

 だが、軽んじられてはいない。

 夕方、町人が言った。

「禁忌だと思ったか」


 博之は、正直に頷いた。

「思いました」

「で?」

「……別の飯だと思いました」

 町人は、少し笑った。

 通りの向こうで、

 あの年配の男が、また立ち止まっている。

 今日は、鍋ではなく、

 札の書き方を見ていた。

 博之は、鍋を洗いながら思った。

 豚汁は、腹を掴む。

 鶏汁は、体を選ぶ。

 二つあっていい。

 むしろ――

 これから先は、必要だ。

 明日は、どちらを出すか。

 博之は、もう迷っていなかった。

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