博之とお高が食事に行く回数が増えていく。食の探求
七軒目、八軒目の立ち上げが同時に動き出すと、現場の空気は一段と熱を帯びた。
見習いの仕込みは朝から晩まで続き、包丁の音、出汁の匂い、
帳場の声が重なって、細路地はいつもより少しだけ騒がしい。新しく入った者は目を輝かせ、
古参は段取りを整えながら背中で教える。博之は全体を見渡し、必要なところに手を出し、
余計な口は出さない。忙しいが、悪くない波だ、と感じていた。
一方で、博之とお高は、店の合間を縫って物件を見て回るようになった。
路地の角、川沿い、少しだけ人の流れが変わる場所。日当たり、裏口、仕込みの動線。
二人の会話は自然と仕事になるが、その前後に「腹、減ったな」という一言が挟まるようになった。
うなぎの香ばしさに、二人で黙る。
天ぷらの衣の軽さに、お高が目を丸くする。
寿司は派手さよりも、シャリの温度と間の取り方。
蕎麦は、つゆをつけすぎないのがうまい。
懐石のような格式張ったものより、毎日食べても飽きない、評判のいい店を選ぶ。
勉強でもあるし、生活でもある。博之はこれまで「作る側」に徹してきた。
味を見るのは鍋の前、まかないの一口、残り物の端。外で誰かと並んで食べることは、
正直、後回しだった。
だが、隣でお高が箸を動かし、感想をぽつりと落とすのを聞くうちに、
考えが少し変わってきた。
「これ、毎日やったら飽きるな」
「でも、こっちは通える」
その言葉が、料理の出来不出来とは別のところに触れてくる。
一緒に食べる、という行為が、店づくりの延長線にあることに気づく。
楽しみながら、学ぶ。学びながら、生活になる。
仕込みでざわつく現場と、静かに味を確かめる時間。
その両方が、今の博之には必要だった。
作る専門だった男は、食べる時間を持つことを、少しずつ「悪くない」と思い始めていた。




