博之が給仕の子たちに結婚の決め手を聞かれて恥ずかしがる
夕方の片付けが一段落して、店の奥に人が集まった。
湯のみの音、炭のはぜる音、その合間に、女の子たちの視線が自然と博之とお鷹に向く。
誰かが、くすっと笑いながら切り出した。
「で、旦那様」「結局のところ、どこが決め手やったんですか?」
またか、という顔で博之は一瞬天井を見る。逃げ場はない。
「……顔は、まあ、ええよ」ざわっと空気が動く。
「やっぱり!」「美人さんやもんなぁ」
博之は、すぐに首を振った。
「ちゃうちゃう」「それだけやない」
そこで、お鷹がにやりとする。
「じゃあ妥協ですか?」場が静まる。
博之は一瞬固まって、それから苦笑いした。
「……妥協ちゃうわ」少し間を置いて、ぼそっと言う。
「俺が面食いやってこと、ヒロさんから聞いてるやろ」
女の子たちが一斉にうなずく。「聞いてます」
「めっちゃ聞いてます」博之は、耳まで赤くなりながら続ける。
「せやからな」「俺、顔も好きや、なんて口で言うのが、めっちゃ恥ずかしいねん」
一瞬、沈黙。「四十過ぎのおっさんがやで」
「“顔も好きです”言うたら、気持ち悪いやろ」
思わず笑いが起きる。
「ほんでな」「それ以上は……察してほしい」
そう言って、視線を逸らす。
お高は一拍置いて、ゆっくりと博之の顔を見る。
「……つまり」少し意地悪な笑みを浮かべて、首を傾げる。
「好きなんですか?」女の子たちが息を飲む。
博之は、観念したように小さく息を吐き、
こくり、と一度だけうなずいた。
「……せやな」一瞬の静寂のあと、
きゃあ、という声が一斉に弾ける。
「言いました!」「今、言いましたよね!」
「旦那様、可愛すぎます!」
博之は、完全に逃げ場を失って頭を抱える。
「やめてくれ……」「もうそれ以上言わんといてくれ」
お高は、くすくす笑いながら言う。
「最初からそう言うてくれたらええのに」
「回りくどいんやから」
博之は、苦笑いしながらも、少し真面目な声になる。
「正直な」「金持ち出してから、縁談が山ほど来た」
「でも、どれも金や店の話ばっかりでな」
「お高さんは違う」「仕事の話もできるし、現場も知ってる」
「一緒におって、無理せんでええ」
お鷹は、照れたように視線を落とす。
「後半の話は、結構うれしかったです」
「前半は……まあ、忘れときます」
女の子たちが、また笑う。
「ええやん、ええやん」
「ちゃんと想い合ってるやん」
博之は、まだ赤い顔のまま言う。
「俺な」「器用ちゃうし、口も上手くない」
「せやから、こうやって笑われながらやるぐらいが、ちょうどええねん」
お高は、静かにうなずく。「それで十分です」
「無理に格好つけられるより、よっぽど」
その言葉に、博之はほっとしたように息を吐いた。
店の奥には、いつもの湯気と、少しだけ甘い空気が残った。
誰かが小声で言う。「……ええもん見せてもろたな」
博之は聞こえないふりをしながら、
湯のみを手に取り、そっと一口すすった。
胸の奥が、少しだけ温かかった。




