お高との一緒になるか否か決断を迫られる
大旦那は、湯呑みを置いてから、今度は博之を真正面から見た。
「で」声は軽いが、目は笑ってへん。
「お前はどうや」博之は一瞬、言葉を探した。
逃げ道を探す癖が、まだどこかに残っている。
「……居心地は、悪くないです」
正直な声やった。「周りも受け入れてくれてますし、
店の空気も、変に乱れる感じはない」
そこで一拍置く。「ただ」
大旦那の眉が、わずかに動く。
「もし、お高さんを娶る、いう話になったら」
「今、育ててる店に、三井の匂いがつく」
ユキが、「ほう」と小さく声を出した。
「そしたら、途端に話が簡単になる気がして」
「それが……正直、つまらんのです」
場が静まる。大旦那は、しばらく博之を見つめてから、
大きくため息をついた。「……普通は逆や」
「三井の名が付いたら、どれだけ楽になるか、皆、欲しがる」
「それを、“つまらん”言うか」呆れたように首を振り、
それから、にやっと笑った。「せやからや」
「三井ありきで近づく、小賢しいやつより」
「娘を渡すなら、余計ええ」博之は、思わず苦笑いした。
「……そう言われると、複雑です」
大旦那は、そこで急に口調を変えた。「建前は、もうええ」
ぐっと身を乗り出す。「遊郭に行くのと」一瞬、お高が目を伏せる。
「お高と、布団並べて寝るの」「どっちがええねん」
あまりにも、ど直球やった。博之は、一瞬、言葉を失う。
ユキは、横で口を押さえている。「この際、仕事絡みの話は捨てろ」
大旦那は畳みかける。「布団に入れる思うなら」
「拗らせたもん同士、一回、一緒に暮らしてみい」
「合わんかったら、それまでや」
その言い方が、あまりにも乱暴で、あまりにも筋が通っていた。
(……ずるい言い方やな)博之は、心の中でそう思った。
でも、逃げ場はもうなかった。
視線を上げると、お高がこちらを見ていた。
強がっていない目。試してもいない目。
ただ、“選ぶ側”としての目やった。
博之は、一度だけ深く息を吸ってから、言った。
「……お高さんが、ええです」声は低いが、迷いはなかった。
場が、静かに固まる。大旦那は、満足そうに鼻で笑った。
「ほらな」「拗らせてても、腐ってはおらん」
お高は、少し照れたように、でもはっきりと頷いた。
ユキは、天井を仰いで言う。「……話が早すぎて、
わし、追いつかんわ」それでも、口元は笑っていた。
縁談は、もう後戻りできへんところまで、
来てしもうたらしい。博之は、その事実を、
不思議と重くは感じていなかった。
むしろ、肩の力が、少しだけ抜けた気がしていた。




