お花見当日の道中にて
花見には、これ以上ない天気やった。
雲は高く、風はやわらかい。
桜は盛りで、見上げるたびに光が透ける。
歩いている途中、博之の足がふと止まった。
「お、旦那」振り返ると、以前、縁日で豚汁を食べていた
町人が手を挙げている。「あの時の飯、うまかったで。
あれ目当てで、また行ったわ」「それは、ありがとうございます」
博之が頭を下げると、町人は一歩近づいて、にやっと笑った。
「で?今日は奥さん連れか?」「いや、それは――」
否定しようとした博之の声が、妙に歯切れ悪くなる。
その一瞬で、町人は全部察した顔になった。
「ああ、なるほどな」肩をぽんと叩いて、
「邪魔したら悪いわ。春やしな」
そう言って、さっさと去っていく。
一拍置いて、のぶが吹き出した。
「今の、完全に察してましたね」
さきちゃんも口元を押さえて笑う。
「博之さん、顔に出すぎです」
ユキは腕を組んで、呆れ半分、楽しさ半分の顔や。
「ほんま、分かりやすい男やな」
博之は赤くなりながら、何も言い返せへん。
その様子を、お高は少し離れたところで見ていた。
町人が博之に気さくに声をかけ、
冗談めかして去っていく。
(……ええ空気やな)
胸の奥が、ふっと軽くなる。
花見場所に着き、皆で腰を下ろす。
博之が持ってきた弁当を広げると、桜の下に、
いつもの匂いが立ち上る。(何、話そうかな)
お高はそう思いながら、箸を取った。
気を張らずにいられる場所。
人の輪の中に、自然に入っていける感覚。
それだけで、今日ここに来てよかったと思えた。
桜は、まだしばらく散りそうにない。




