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大坂の端 ――値段が跳ねる場所

大坂が近づくと、道の匂いが変わった。

 人が増える。荷が増える。

 声が、途切れなくなる。

 博之は、無意識に歩幅を小さくした。

 ここから先は、値段が跳ねる。

 大坂手前の宿場で、二人は一泊した。

 宿代は、三百文。松阪の一・五倍。

 飯は別。温い汁と白米で、四十文。

「……高いですね」

博之が言うと、町人は首を振った。

「まだ安い」

博之は、箸を止めて周りを見た。


 商人。仲買。

 荷を預ける男。

誰も値段に文句を言わない。

払う前提の顔をしている。

翌朝、大坂の町に入った。

川。橋。倉。

魚の匂い。味噌の匂い。油の匂い。

博之は、思わず立ち止まった。

腹が、選ばれる町だ。

町人は、すぐ中心には向かわなかった。

橋を渡り、

人の流れから少し外れる。

「ここだ」

指さしたのは、

店とも倉ともつかない小屋だった。

間口は狭い。奥も浅い。

だが、人の通りはある。「賃料は?」

「月で、一両」博之は、息を飲んだ。

松阪の倍以上。だが、すぐに計算する。

一両=四千文。一日百三十文。

払えなくはない。「仕入れは?」

博之が聞く。「豚は安い。

 だが、扱う者が雑だ」 町人は言った。

「味噌は選べ。値は張る」

博之は、頭の中で組み立てる。

豚。味噌。野菜。

松阪より、二割高い。

だが――

売値は倍で通る町だ。

「端っこだな」

博之が言った。

「真ん中じゃない」

 町人は頷く。

「最初は、ここでいい」

 博之は、納得していた。

 目立たない。

 だが、逃げ場がある。

 潰れても、踏まれない場所だ。

 その夜。

 二人は、町外れの酒場にいた。

 安い酒。

 薄い肴。

 そこに、年配の男が現れた。

 着物は上等。

 だが、派手ではない。

「……そいつか」

 男は、博之を見た。

 値踏みする目。

 だが、嫌な感じはしない。

「料理人だ」

 町人が言う。

「ほう」

 男は、少し楽しそうに笑った。

「人を飼うのは好きでな」

 博之は、眉を動かした。

「犬猫じゃない」

「分かってる」

 男は言った。

「育つかどうか、見るのが好きなんだ」

 町人は、口を挟まなかった。

任せている。


「条件は?」

 博之が、先に聞いた。

 男は、目を細めた。

「急がないこと」

「味を落とさないこと」

「それと――」

 一拍置く。

「儲け話を、先にしないこと」

 博之は、少しだけ笑った。

「……それなら」

 男は、頷いた。

「遊び半分だ」

 そう言って、杯を置く。

「だが、

 面白くなったら、真面目にやる」

 店は、まだない。

 鍋も、まだ据えていない。

 だが――

 見る目のある金が、ここにあった。

 博之は、懐を押さえた。

 二両半は、

 もう“元手”ではない。

 試される札だった。

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