なかなか時間が合わないのでおたかさんが博之の店にご飯食べに来た
夜に改めて、という話は出た。出たまま、流れた。
六軒も店を回している男と、現場を知っている女。
どちらも時間の空き方が似ていて、似ているからこそ、
予定はなかなか合わへん。
そんなある日、タカコの方から言った。
「夜やと難しそうやし、昼ごはん、フラットにどうです?」
言ってから、少しだけ間があった。
考える素振りもなく、博之は頷いた。
「昼なら、売り切れから仕込みまで、ちょっと時間ありますわ」
——その言い方が、いかにも現場の人間やな、と思った。
昼の店は、思ったよりも静かやった。忙しさの名残が、
湯気や器の位置に残っているだけで、客足はもう引いている。
奥に通される前に、自然と目が行く。
店の中の動き。
声のかけ方。
鍋の蓋を取る所作。
誰も走っていないのに、止まってもいない。
この感じ、嫌いじゃない。
「どうぞ」差し出された豚汁の椀から、
味噌の匂いがふわっと立った。一口。
——あ、これは。
くどくない。けど、薄くもない。
腹に落ちる感じが、ちょうどええ。
具も大きすぎへん。噛めばちゃんと味が出る。
「……なるほど」思わず、独り言みたいに声が漏れた。
六十五文。この値段で人が来る理由が、分かる。
椀の横に、小皿が並ぶ。一口ずつの田楽。
茄子の煮浸し。だし巻き卵。
どれも、主張しすぎない。けど、手ぇ抜いてない。
特にだし巻きは、噛んだ瞬間、出汁が前に来て、
あとから卵が追いかけてくる。
——下の子に花嫁修行させる言うてたの、
冗談やなかったんやな。
食べながら、ふと周りを見る。
給仕の女の子の着物。派手ではない。
でも、生地がええ。反物屋とちゃんと付き合ってる色や。
料理人も、下働きも、どこか姿勢がええ。
勢いはある。でも、浮ついてへん。
あぐらをかく気配が、ない。
それが一番、印象に残った。
食べ終わってから、夕方の仕込みまで少し時間が
あると言われ、奥でお茶を出された。
その間も、店は生きている。音。匂い。人の出入り。
博之は、横に座っているけど、店の気配から
完全には離れていない。——この人、
ほんまに「店と一緒に生きてる」んやな。
さて。
問題は、ここからや。
この飯の感想を、どう言うか。
うまい、だけでは足りない。
理屈を言いすぎるのも、違う。
値段の話をするのも、今は野暮な気がする。
タカコは湯飲みを両手で持ち、少しだけ考えた。
——褒めすぎたら、
仕事の話に戻ってまうやろうし。
——軽く言いすぎたら、
本気で見てへんと思われる。
この店を、この男を、どう見たか。
それを、どう伝えるか。
タカコは、
まだ言葉を選んでいる途中やった。
でも一つだけ、はっきりしている。
——もう一度、ここで飯を食べてもええ。
それだけで、今日来た意味は、十分やった




