表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/189

六軒目を回しながら休憩時間にのぶとさきちゃんに縁談話を聞かれる

六軒目が回り出してからというもの、博之の一日は、あっという間に過ぎていった。

朝の仕込み、帳面、各店の様子見。一軒目で湯気を見て、二軒目で顔色を見て、

六軒目ではまだ慣れない手つきを横目で追う。「回ってるな」

そう思う反面、気を抜く暇はない。

そんなある夕方、帳面を閉じようとしたところで、のぶが声をかけてきた。

「博之さん、ちょっとええですか」「なんや」「……縁談、あったんやて?」

博之は一瞬、手を止める。「ああ。ユキから紹介されてな」

それを聞いて、さきちゃんも顔を出す。「え、ほんまですか」

二人の目が、妙に真剣や。「どうやったんですか」

のぶが聞く。「正直言うと……仕事の話ばっかりや」

博之は、ユキに話したのと同じように、

ご縁の日、みそ替えの日、花嫁修行の話、双六の話、

全部をさらっと話した。のぶは、眉をひそめる。

「……それ、縁談としては、だいぶ変わってません?」

「やっぱりか」「いや、博之さんらしいですけど」

のぶは苦笑いする。「でも、奥方様になる人やから、

どういう人か、単純に気になるんです」

さきちゃんは、話を聞きながら、少し頬を赤らめていた。

「私……」「なんや」「ひろゆきさんって、

 下の子に手ぇ出さへんのは知ってましたけど」「……」

「じゃあ、そういうのはどうしてるんかな、って思ってて」

博之は、一瞬言葉に詰まる。「……聞かれて、正直に答えただけや」

その瞬間、さきちゃんの顔が、さらに赤くなる。

「えっ、隠れて行ってたんですか?」「昔の話や」

博之は、思わず目を逸らす。その様子を見て、二人は吹き出した。

「なんや、急に人間くさなりましたね」

のぶが笑う。「ほんまですね」

さきちゃんも笑って、空気が和らぐ。

「でも」さきちゃんは、真面目な顔に戻る。

「その人、三井の遠縁で、ユキさんの知り合いなんですよね」

「そうや」「それやったら、奥方様になられても、大丈夫そうです」

のぶも頷く。「現場、いろいろ回ってはるんやったら、こっちも

浮き足立たんでええ」「三井の小間使いの人ら見てても、ああいう人は、

 店の中に立っても、変に威張らへんですし」

博之は、その言葉に少し驚く。「そこまで見てるんか」

「見てますよ」のぶは即答する。「博之さんの奥方様になる人ですから」

さきちゃんも続ける。「若い女の人やと、どう距離取ってええか、正直、

私らも分からんです」「でも、そういうご縁の人やったら、関係も

悪うならへん気がします」博之は、静かに頷いた。確かにそうや。

下の者が、奥方様をどう扱っていいか分からず、空気がぎくしゃくする――

それは、避けたい未来や。「意外と」博之は、ぽつりと言う。

「そういう形で結婚した方が、腰が落ち着くんかもしれんな」

「そう思います」のぶは、はっきり言う。「横の顔も広がりますし」

「商売も、人付き合いも、楽になると思います」博之は、少し考える。

恋やとか、ときめきやとか、そういうもんやない。

せやけど、一緒に座って、飯を食って、仕事の話ができる。

それは、悪くない。「次は、うちの店で飯食べる話になってる」

そう言うと、二人は顔を見合わせて、にやりと笑った。

「それ、もう十分進んでますよ」「ですね」

博之は、思わず苦笑する。六軒目は忙しい。

まだ、やることは山ほどある。

せやけど、仕事だけやない視点が、少しだけ増えた気がした。

それもまた、今の自分には必要なことなんかもしれへん。

そう思いながら、博之は、再び帳面に目を落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ