六軒目の構想と人を雇う問題。人は来るが浮かれている。
六軒目の話が、ようやく現実味を帯びてきた頃やった。
場所も、鍋も、仕入れも――段取りだけなら、もう頭の中にある。
せやけど博之が立ち止まったのは、そこやなかった。人や。
「増やすのは簡単や」「育てるのは、しんどい」
五軒が回り出してからというもの、
店の前には妙に人が集まるようになった。
「ここで働きたい」「給金がええって聞きました」
「縁談も来るらしいですね」言葉だけ聞けば、悪ない話や。
でも博之は、その“匂い”に敏感やった。
勢いに寄ってくる人間は、勢いが落ちたとき、真っ先に去る。
口入り屋からも、話はひっきりなしに来る。
弁当売りづて、仕入れ先づて、湯屋の世間話からも。
「人、欲しがってるんでしょ?」「今なら、選べますよ」
その「選べる」が、逆に厄介やった。
一人ひとりを見る目が、鈍る。
博之は、のぶとさきちゃんを呼んで話した。
「六軒目、すぐ出す気はない」
「せやけど、人は先に入れる」
二人は顔を見合わせる。
「下積み、ですね」「せや」
今までなら、即戦力を探していた。
火が扱えるか、声が出るか、段取りができるか。
でも今回は違う。
「下積みや」「鍋は触らせへん日もある」
「弁当売りだけ、掃除だけ、声出しだけ」
「それでも残るやつだけ、見る」
勢いがある今なら、多少の無駄も、多少の遠回りも、許せる。
逆に言えば、今しか“育てる余裕”はない。
「給金は?」さきちゃんが聞く。
「最低限は出す」「せやけど、期待はさせへん」
「半年続いたら、ちゃんと上げる」「その代わり、辞めても文句言うな」
のぶが笑った。「厳しいですね」「優しさや」
博之は言い切った。「夢だけで来るやつは、現実見たら勝手に去る」
「残ったやつだけ、六軒目の話をする」
その数日後、博之は採用を決めた。
多めに、や。今までなら二人のところを、四人。
即戦力一人に、下積み三人。店の空気が、少し重くなる。
でも博之は焦らへん。
「勢いは、使い方間違えたら毒や」
縁談の話が増え、評判が先に走り、
“ここで働くこと”が値打ちになった今。
一番大事なんは、次の静かな時期を耐えられる人間を
残すことやった。六軒目は、まだ出えへん。
せやけど、六軒目の“人”は、もう育て始めている。




