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――銭の重さと、人の腹

松阪を発ったのは、朝の早い刻だった。

町人は、相変わらず汚れた着物を着ている。

博之は、背に包みを負い、懐に二両半を入れていた。

重さは、まだはっきり分かる。

歩きながら、博之は道を見た。

伊勢街道。

人の往来は多くないが、途切れもしない。

荷を担ぐ男。奉公帰りの女。無言で歩く商人。

皆、腹を持っている。昼前、二人は小さな茶屋に入った。

粥と漬物。値は、二十文。安い。量も、それなりだ。

博之は、一口食べてから周りを見た。


客は、急いでいる。

味を確かめる余裕はない。

「ここじゃ、豚汁は出ねえな」

ぽつりと呟く。

町人は頷いた。

「腹を温める暇がない」

 博之は納得した。

 飯は、場所を選ぶ。

 夕方、宿を探した。

 板張りの安宿。

 一人二百五十文。

 博之は、一瞬ためらった。

 松阪なら、二百文だ。

「……高いですね」

「街道だ」

 町人は短く言った。

「人が動く場所は、銭も動く」

 博之は、懐を確かめる。

 二両半。

 ここで二百五十文。

 一日で、重さが少し変わる。

 宿の飯は、干し魚と汁。


 味は悪くない。

 だが、心には残らない。

 博之は、他の客を見た。

 飯をかき込む者。

 酒を頼む者。

 値段を気にする者。

 同じ飯でも、欲し方が違う。

 夜、布団に横になっても、博之はすぐに眠れなかった。

 今日使った銭を、頭の中で数える。


 茶屋で二十文。

 宿で二百五十文。

 合計、二百七十文。

 一日で三百文近い。

 町で一日商えば、取り戻せる額だ。

 だが――

 ここは、店を出す場所じゃない。

「なあ」

 暗がりで、町人が声を出した。

「お前、何を考えてる」


 博之は、正直に答えた。

「どこで、いくらなら、

 腹を満たしてもらえるかです」

 町人は、くっと喉を鳴らして笑った。

「もう、料理人だけの顔じゃねえな」

 博之は、苦笑した。


「銭を持つと、 考えずにいられません」

「それでいい」

 町人は、そう言った。

 翌朝。

 博之は、宿の前で立ち止まり、通りを見た。

 早足の人。

 足を引きずる人。

 立ち止まって、飯屋を見る人。

 腹の動きが、見える。

 博之は、歩き出した。


 懐の二両半は、

 もう“金”じゃない。

 問いになっていた。

 ――どこで、どう出す。

 ――誰に、何を食わせる。

 大坂は、まだ先だ。

 だが、

 考える準備は、もう始まっていた。

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