縁談が決まった給仕の子のその後と周囲の反応
辞めるかどうか――その話は、思っていたより現実的やった。
「正直、そこまで考えてなかったんです」
そう前置きしてから、給仕の女は続けた。
縁談がまとまったこと。
結婚すること。そして、これから家のことを担うこと。
「家に入る以上、今まで通りは無理やなって」
声は落ち着いていた。浮つきも、不安もある。
けど、逃げる感じはなかった。
「昼までなら、続けられます」
博之は、すぐに返事をせえへん。
火加減を見て、鍋の中を一度かき混ぜる。
「給金は下がる」それは確認や。
責めでも、条件でもない。
「はい。それは分かってます」
迷いのない返事やった。
「子ができたら、その時は一度離れます」
そこまで言ってから、少し間を置く。
「でも……もし旦那様が許してくれるなら」
博之が顔を上げる。
「弁当売りとか、下働きとか……
できることがあれば、戻りたいです」
それは欲張りでも、甘えでもなかった。
働くことを、もう生活の一部として考えている声や。
博之は、静かに頷く。「そら、ええ」
「戻れる場所があると思えるのは、悪いことやない」
引き止めはせえへん。約束もせえへん。
ただ、道を塞がへん。その話は、すぐに広がった。
「昼までになるんやって」「結婚かぁ……」
給仕の子らが、ひそひそと話す。
弁当売りの子が言う。
「ここで働いてると、先の話がちゃんとできるの、
ええよな」「縁談も、仕事も」
別の子が、半分冗談で言う。「うちも、もうちょい頑張ろ」
博之は、その様子を遠くから見て、またため息をつく。
「勘違いしたらあかん」「ここは、縁を保証する場所やない」
そう言いながらも、声は強くなりすぎへん。
「働いた結果、そう見られるだけや」
女たちは、「わかってます」と返事しつつ、どこか前向きや。
昼まで働く給仕は、前より丁寧に立ち回るようになった。
限られた時間やからこそ、無駄がない。
博之は思う。人は、ずっと居続けるもんやない。
せやけど、一度ここで覚えた働き方は、
どこへ行っても残る。それでええ。
今日も昼の膳が整い、夕方には弁当売りが町へ出る。
この店は、誰かの終着点やなく、通り道であり続ける。




