正月を過ぎたころ、ユキから店の評判を聞く。縁談話と花嫁修業
正月の慌ただしさがひと段落した頃、
久しぶりにユキが顔を出した。
店に入るなり、鍋の前で動く者たちを一瞥して、
「相変わらずやな」とだけ言う。声は軽いが、目は忙しそうに人の動きを追っていた。
「評判、えらいことになっとるで」
そう前置きしてから、ぽつぽつと話し始める。味のことや値段のことやない。
働く人間の立ち居振る舞い――声の掛け方、立ち方、頭の下げ方。
それがええ、という話が町で回っているらしい。
「そしたらな、縁談の話も、ちょいちょい来る」
博之は、思わず眉を動かした。
「お前のこともやし、下の子らのこともや」
「給金がええ女をもらういうたら、それなりの家やないと、
向こうの面子も立たん」ユキは、いつもの調子で言うが、
言っていることは重かった。「身を固めるんも一つやけどな」
「下の子らの先も、そろそろ考えなあかん時期ちゃうか」
博之は腕を組んだまま、しばらく黙った。
「……色々、試したらどうや」
ユキはそう言って、帳場の横で給仕をしていた女の子に目を向ける。
「なあ、あんたら、普段、飯どうしとる?」
急に話を振られ、女の子は一瞬戸惑った。それから、正直に答える。
「忙しいですし……自分で作ること、あんまりないです」
「実家が近い子は、帰って食べたりもします」
ユキは小さく息を吐いた。
「こら、あかんな」その一言に、場が静まる。
「給仕としては十分や」「せやけどな、
嫁に行くいう話が出てきた時、“料理したことありません”では、
話が止まる」博之は、その言葉を噛みしめた。
手習いの日は、すでにある。せやけど、それは仕事のための手習いや。
「……別に、もう一日いるな」
博之が、ぽつりと言う。
「仕事やない日」「月に一回でええ」
「嫁修行の日や」鍋も帳面も触らせへん。
包丁の握り方、出汁の取り方、煮る、焼く、盛る。
「教えるんは、“仕事の料理”やない」
「家で食う料理や」女の子たちは、顔を見合わせた。
驚きと、少しの緊張。「無理に嫁に行け、言う話ちゃう」
博之は続ける。「けどな、選べるようにはしといたる」
「縁談の話は、もう近くまで来とる」
その言葉に、空気が変わる。まだ決まってはいない。
けど、確実に、次の段階が見えてきている。
ユキは、博之を見て笑った。
「お前、どこまで面倒見る気やねん」
博之は肩をすくめる。「ここで働いた縁や」
「最後まで、ちゃんとした形にしたいだけや」
店の外では、冬の風が少し緩み始めていた。
縁談は、もうすぐそこまで来ている。




