大阪2年目。10月の縁日で古参が本領発揮
十月に入って、風が変わった。
朝晩は涼しく、鍋の湯気が心地よく立つ。
夏の重たさが抜け、町全体が一息ついたような空気や。
その月の縁日は、博之にとって試しでもあった。
「四軒分でいこか」そう言った時、誰も驚かなかった。
むしろ、古参たちは自然に段取りを始めた。
豚汁と鶏汁、各八十杯。合わせて百六十。
数だけ見れば多い。せやけど、無理な数やない。
「こっちは仕込み」「そっちは配膳」「釣り銭はここでまとめる」
声が荒れへん。指示が重ならへん。
誰かが前に出て、誰かが一歩引く。
その動きが、言葉なしで噛み合っていた。
縁日の朝、古参組は揃って現れた。
反物屋で見繕った着物。色味は揃えすぎてへんが、どれも品がある。
汚れてもええが、安っぽくはない。
袖を押さえ、帯を整え、自然と背筋が伸びる。
「今日は見られる日やな」
誰かがそう言うと、別の者が笑った。
「いつも見られとるで」屋台が並び、人が集まる。
鍋に火が入り、湯気が立つ。香りが流れると、足が止まる。
「なんや、ええ匂いやな」「ここ、前も食うたで」
給仕の古参が前に出る。声は張りすぎず、通る。一杯一杯、丁寧に手渡す。
新人が一瞬詰まると、横からさっと手が出る。言葉はいらん。
その様子を、博之は少し離れたところから見ていた。
——回っとる。四軒分の力が、一本に束ねられている。
客の視線は、鍋だけやない。働く姿そのものに集まっていた。
「動き、揃ってるな」「あそこの店のもんやろ」
着物がええ。所作がええ。その上で、飯がうまい。
これ以上の宣伝はない。昼過ぎには、半分が出た。
焦る者はいない。ペースを崩さず、淡々と。
「次、豚」「釣り、先に」古参の声が、全体を整える。
夕方、残りが見えてきた頃、任命された古参の一人が、ふと顔を上げた。
「……いけますね」その言葉に、周りが頷く。
最後の一杯が出た時、拍手も歓声もなかった。
ただ、静かな達成感が残った。
片付けも早い。誰が言うでもなく、動く。
博之は、鍋を見ながら思った。
——これなら、九軒も夢やない。
今すぐやない。せやけど、人が育っている。
古参が立ち、現場が自走する。着物も、給金も、味も、全部が一本の線になっている。
帰り際、町の者が言った。「あんたのとこ、見てて気持ちええな」
「また来るわ」博之は、軽く頭を下げた。
縁日は終わった。せやけど、店はまた一段、確かに積み上がった。




