97話「注意事項」
愛娘のミルシェラがアカデミーに通う事になった。
時が流れるのは早いもんだ。
そして娘が学園に行くに当たって俺は言い聞かせるべき事柄があった。
「いいか、ミルシェラ、学園には王子二人もいるだろうが、なるべく好意を持たれないように気をつけなさい。あまり愛想よくしすぎないように」
「でもお父様、王族相手に無愛想にするのは無礼ではありませんか?」
「そうだなぁ……あまりツンケンしすぎるとこの俺になびかないなんて、おもしれー女だ、絶対に振り向かせてやる!なんて執着されかねないからな……上っ面の笑みだけ浮かべ、ほどよく線を引いてます! 深入りしないでくださいってオーラが出せるといいのだが」
「難しいです……ね」
たかだか10歳の女の子には高等技術過ぎるか……。
「とにかくなるべく二人きりにならないように、特に第二王子とは……」
「お父様は第二王子殿下がお嫌いですね?」
「ええと……将来女を騙して利用した後で捨てるような気がするから」
「気がするから!?」
我ながら苦しい言い訳でミルシェラも呆れてるような顔になってしまった感があるが、仕方ない。
「なんとなく……いけすかないって事で」
「なんとなくで嫌われる殿下が少し気の毒です」
確かにまだ子供時代には罪は犯してはいないから、そんな反応にもなるよな。
でもあの男は原作でお前を利用して第一王子を毒殺させて、あげくお前を救いもせずに処刑台にあげたろくでなしだ。
「お前の命にかかわるのだ、私の勘がミルシェラと第二王子の組み合わせは最悪だと告げている」
「勘って……」
「とにかく私としては毒殺とか暗殺とか、王位継承争いのある王室なんぞに娘が嫁いで巻き込まれで死んだりしてほしくないんだ」
「はい……私もそんな死に方はしたくないので、なんとか頑張ってみます」
「ああ、頼むよ」
そんな事を言って俺は愛娘をアカデミーに送り出した。
◆◆◆
俺はミルシェラを送り出してから、自室の引き出しに入れた自作のラノベの一巻をこそっと取りだした。
日本で公開した俺のネット小説の方は、3年前に何故かスコッパーなる人の目に止まり、書籍化して印税が入ったのだ!
爆売れではないが、そこそこの印税が入って、助かった。色んな買い物ができるから。
しかし俺の日本の本体は未だ病院で寝たきりだ。
何故かあんな状態なのにまだ生きてる不思議。
医療の力、すごい。
そして本の出版関連の事も、姉が代理人で色々やってくれた。
他にもパソコンに眠っていた小説があったってことにして、なんと二作目も翌年には運良く書籍化した。今、この手にあるのは2作目の一巻だ。
未だ病院で眠り続ける弟が元気な頃に書いたメッセージ、遺言(まだ完全には死んでないが)通りに姉が世に出したってことで、美談としてネットニュースにもなって話題性もあったからだろう。
二作目は今いる異世界で執務の合間にちまちまと令嬢の物語を書いたものだ。
某国の第二王子に裏切られ、殺された元公爵令嬢が死に戻って復讐しつつ、他の男と結婚する内容だ。
そしてミルシェラが6歳の頃に俺がタブレットで日本のアニメをうっかり見ているところを見られ、日本語に興味を持ったので、俺が教える事になった。
そして日本語をミルシェラに教えることは、いざとなった時に暗号代わりにも使えると思ったから、いいかな? と。
秘密裏に国外脱出するハメになった時に役立つ可能性がある。
そしてミルシェラが日本語をマスターした今ではたまに日本に戻った時にダウンロードしていたウェブトゥーンという、漫画に声がついているものや、アニメ映画なんかも水曜と土曜日の夜にはタブレットを貸して見せてやってる。
ミルシェラが見たい見たいと騒ぐので、水曜と土曜日だけサービスデーとして。
あんまり毎日だと寝不足気味になってしまうからな。
お話が面白いと、なかなか視聴を止められないのだ、経験者だから……分かる。
そしてこのアニメや漫画を見たいが為に、オレが日本で仕入れてきた算数ドリルなども先にやらせているが、ちゃんと解いてしまう。
万が一、平民落ちした時を想定し、算数数学だけは悪い大人にお釣り貰う時などで騙されないようにしっかり叩き込む必要があるから、日本の水準で勉強をさせた。
俺は小学生の時に学校で、たとえ引き算が出来ない人がいても真面目に生きてる人を騙してはいけない……という道徳心を学んだし、娘には騙される側にも騙す側にもなってほしくないから。