93話「工作の時間」
アレンシアとミルシェラが公爵家内にあるアトリエのテーブルについたので、俺はシールの事を説明する事にした。
招待状の飾り付け工作の時間だ。
百円均一のシールとはいえ、あちらの品は印刷技術的に優秀なのでとても見映えがする。
そして百均の存在など、こちらの人は全く知らないから公爵家で使っても問題なかろう。
「これは後ろの台紙を剥がせば裏に接着剤が既についてるので……こう、貼る場所に狙いを定めて押さえるだけでいける。ただし、一度貼ったら剥がせないものとして、慎重に貼る場所は考えるんだぞ、無理矢理剥がすと破れたり汚くなってだいなしになるから」
「だいなし……」
だいなしとの言葉を聞いて、ミルシェラは背筋を伸ばし、にわかに緊張感を漂わせた。
「あなた、本当に子供にやらせて大丈夫ですの?」
「多少は予備分のカードもプリントしてあるし、なんならだめにした不足分だけ手書きして作り直ししてもいいのだから、大丈夫だよ」
「それはそうですわね」
「だいじょぶなの?」
ミルシェラが心配そうな顔で訊いてきた。
俺が説明の時にだいなしだの、慎重になんて言ってしまったせいでプレッシャーを与えてしまったようだ。
「ああ、失敗しても怒ったりはしないし、万が一の時は代わりを用意するよ。こっちのシールと紙を使って先に練習してもいい」
俺は新たに違うシールと紙を魔法陣の描かれた布から取り出した。
「はい、練習します……あっ、これ!ちょうちょとお花と猫さんでかわいいです!」
ミルシェラが瞳を輝かせ、蝶と猫のシールに感動してるところを眺めて、俺はほっこりとした。
そしてカードを一枚手元に引き寄せ、お手本を見せることにした。
「お手本にまず、俺がカードにシールを貼ってみせよう、この花のシールと小さなリボンを組み合わせ……ここにこう……貼る……と」
「まぁ! とても可愛らしい花束の飾りになったわ!」
「かわいいー!」
二人とも俺のシールとリボンの配置に感心してくれた。
ミルシェラも少し他の紙で練習したおかげと、見本があるからなんとかできるようになった。
作業自体は簡単だからな。
「このシールとやらは宝石みたいにキラキラしてますわ」
気がつくとアレンシアがジュエルシールという、キラキラ系のシールの台紙を手にしてた。
「ああ、それは爪にも貼れるやつだ」
「爪に!?」
俺はピンク色のハートの形のジュエルシールを一枚剥がしてアレンシアの白く華奢な左手を握り、ピンセットで左手の小指の爪にちょこんと貼ってみせた。
「このように……な。これ、ちゃんと剥がせるし、手を洗えば普通に取れるからな」
「あなたったら、こんなところに貼って……手を洗って剥がれたらもったいないではないですか」
「気にするな、それが剥がれてもシールはまだあるぞ」
「それはそうでしょうけど……」
「記念に写真にも撮るか、それなら剥がれても問題ないだろ? 写真の中では残るから」
俺はいつぞやのヒマワリ畑で撮った時の写真を見せた。
ヒマワリ畑で日傘を差して佇むアレンシアとミルシェラが写っている。
とてもフォトジェニックな被写体だ。
夏の思い出ーって感じでよいと思う。
「ヒマワリ……これは旅行に行った時の……ですわね」
「そう、綺麗に写ってるだろ」
「鏡で見たようにそのままですわ」
「お母さま綺麗……」
「ミルシェラも可愛らしいですよ」
やや照れながらもお互いを褒め合う母子の姿に頬が緩む。
俺はタブレットでアレンシアの写真やミルシェラの写真や、カード作りの光景も、写真と動画に撮った。
それなりに写真の数が溜まったら印刷してアルバムを作ってあげようと思う。
「ところで新年のお祝いは身内のみとはいえ、どのような料理を用意されるか希望はありますの?」
新年かぁ……しかし、こちらの世界にはおせちなんか無いよなぁ。
「縁起のよい食べ物とかあったか?」
「なんです、食べ物に縁起って……」
よろ昆布とか、子宝祈願にカズノコとか……。
「イクラとか食べてみるか? その、魚卵とか」
「何の為に魚卵を?」
「え? 卵沢山は子宝祈願じゃないか?」
「こ、子供の前で何を言いだすんです!」
俺の言葉に真赤になって照れるアレンシア。
ミルシェラはよく分からなくて首をかしげてる。
「新年に向けて縁起がいいものを考えただけなんだが……」
「馬鹿なことを、魚の卵を食べたら子供が授かるなんて……」
「ただの縁起ものだし、呪術ではないから気軽にだな」
「まったくもう、あなたはちょっと黙ってて下さい」
アレンシアはプンスカと怒り出した。
夜の事を思い出して恥ずかしいだけなんだろうけど、俺は何がいいか聞かれたから答えただけなのに……解せぬ。