88話「二人の夜」
「おいで、ミルシェラ。子供はそろそろ寝る時間だ」
「はぁい」
俺は眠そうに目をこする愛らしいミルシェラを抱き上げて綺麗にライトアップされた庭園内を歩き、屋敷の入り口まで運んでから、その後を騎士に託した。
「ミルシェラを部屋まで頼むぞ」
「はい、公爵様」
そして俺は貴族達と歓談している妻の近くまで戻り、焚き火にあたるふりをして、ホットワインを飲みながらしばらく貴族の相手をしたりした後で、妻達の会話に聞き耳を立てる。
「本日の公爵夫人のドレスも夜空の星に負けないくらい輝いておりますわね」
「ありがとうございます」
「それに公爵夫人は以前にも増してお肌が輝いておりますわね、羨ましいです。何か秘訣でもおありなんですか?」
「化粧品を変えましたの」
「まぁ、どちらの商会のものかしら? お教え下さいませ」
「それが夫のダンジョンのお土産でして……すぐ融通できるものではありませんが、今宵、遠方から来られていて当家のゲストハウスにてお泊りになる方は寝る前用と朝の洗顔後に使える分くらいはお渡し致しますわ」
なる程、アレンシアは小分けにして渡すつもりなのか……。
旅行用の小分けタイプとかも買っておけばよかったな。
「まあ! 遠方から来た甲斐がありましたわ!」
「わ、わたくしも! 親戚の家に泊まる予定でおりましたが、お部屋は空いてますでしょうか?」
「大丈夫です、お部屋は多めに確保しております」
「嬉しいですわ!」
流石公爵夫人だ、抜かりなく客の部屋は用意している。
「先日の王子殿下のお誕生日の贈り物の歯ブラシが素ばらしいとも聞いております、ちいさくて綺麗で使いやすいとか」
また歯ブラシが話題になっている……。
意外なものが人気になるものだな。
「ゲストハウスにはお客様用の歯ブラシもそろっておりますから、お持ち帰りいただけますわ」
「嬉しいですわ! 従来のは大きくて困ってましたの」
アレンシアと談笑をする人達の会話に聞き耳を立てていると、やがて楽師による音楽が変わった。
「皆様、そろそろ最後の花火がはじまります、夜空をごらん下さい」
公爵家にいるイケボの執事によるアナウンスがあった。
パーティーのクライマックスを飾る華やかな花火が始まった。
「まぁ、豪華な花火ですこと」
「当家の花火は魔法の花火ですから本物の火花は飛びませんわ。火花でお召し物に穴が空いたら大変ですから」
「なるほど、では真下にしても何の危険もありませんのね」
「大迫力ですね!!」
そして、
「本日はエルシード公爵家の星祭りにご参加頂き、ありがとうございました。貴賓室にてゆっくりお休みになられて下さい」
パーティーの終りを告げるアナウンスの後に、俺は妻のエスコートをする為に手をのばした。
「さぁ、パーティーも終わりだ」
俺はホットワインでぽかぽかしている身体でアレンシアの手をとった。
「貴方、お顔が赤くないですか? 飲みすぎていませんよね?」
「君こそ付き合いで多少は飲んだんだろう、頬が薔薇色だ」
「私は……元から赤くなりやすいだけですわ」
これが本格的な夜だ、俺にとっては。
なにしろ前もってこの夜に妻の部屋に行くと予告しているから。
◆ ◆ ◆
アレンシアの寝室に来た……。
もう後戻りは出来ないぞ。
「緊張しているのか?」
お風呂上がりでまだ少し髪が湿っていて、花の香りを纏うアレンシアに話し掛けた。
「い、今さら娘もいるのに緊張なんてしてませんわ!」
しかし、アレンシアの声は裏がえっていた。
「そうか……そうだな」
そういう事にしておいてやろう。
ここで日本で培った知識とテクニックで絶対に満足させると俺は静かに意気込んでいた。
俺は女性の身体のどこをどんなに風に触るといいとか、ちゃんとネットで情報を仕入れて来ているからして。
過去に元カノはいたけれど、アレンシアとは初めての行為になるから……頑張るぞ。
そして天蓋つきベッドについている薄紫のカーテンのようなものを引いて、二人だけの空間が出来た。
魔法のランプの小さな灯りの中だけでも、アレンシアの美しい白い肌に目が吸い寄せられる。
そして花の香りに包まれ、夜は……更けていく。
◆ ◆ ◆
そして俺達は朝を迎えた。
アレンシアの身体、柔らかかったなぁ……。
しかし、流石にこれ1回で男子が授かる訳ではないだろうから、何度となく懐妊報告があるまで頑張らないとな……。
俺は眠るアレンシアの頬にそっとキスをして、なるべく音を立てないように、アレンシアの寝室から出た。




