74話「相談」
さて、入浴も済ませたし、寝る前にやりたいこと、やることリストをまとめるとするか。
俺は自室のベッドの上でタブレットのメモ帳機能を使うことにした。
あっ!日本で買ったフルーツサンドのお土産もあったんだった!
妻の機嫌取りに使えるかも。
しかしもう夜だし、朝食の時間に食べさせてみよう。
それと……女性が喜びそうなものと言えば……花とか? 綺麗な花……。
「うーん……あ」
自分の敷地内なら日本から花の種持って来て蒔いてもいいのでは!?
時間はかかるが、ネモフィラの花畑とか作れたら綺麗だと思うんだよな。
毒とかない植物なら外国の植物輸入する人もいるし、こちらにはスイカもあったし、植生わりと似てるし、いけるよな。……多分。
取り敢えず別邸の敷地にネモフィラの花畑を作ってみよう。
群生地は本当に綺麗だし、そのうち観光名所も作れるかもしれないし、何より娘と妻も綺麗な花畑を見ると嬉しいかもしれないから。
あ、キッチンタイマーや時計も次回買うものリストに入れておこう。
──あとは……ディエリーの姉のホリー率いるパーティー……確かパーティー名はホーリーナイトだったな? ディエリーがそう言ってた気がする。
ホリーが立ち上げたパーティーだから聖夜って合ってるな。
ともかく聖夜の皆が、うちの女性達の護衛になってくれる事を祈りつつ……今夜はもう寝る! と、いうところで布団をかぶったら、俺の部屋の扉からノックの音が響く。
妻が来た。そっか、俺が帰って来たから、一緒に寝るんだったな。どうぞと言って招き入れた。
「明日の朝はフルーツサンドだぞ、アレンシア」
「はい?」
「甘くて美味しいお土産、まだあったんだよ、渡し忘れてた」
「貴方よく忘れてますよね」
「魔法の袋に入ってるから傷んでない」
「そういう問題ではなく」
「まぁ、思いだしたから許してくれ」
「まったく……」
俺のアホさに呆れる妻だったか、大人しく布団に入ってきたので、今日の事を説明することにした。
「今日連れてきた冒険者の彼女らに、君やミルシェラの護衛を頼めるか聞いてるとこなんだ、女騎士の募集かけても来ないから」
「え? 私達の為に連れてきていたんですか?」
「そうだ……君もパウダールームとか……男性の入れない所にも同性の護衛いたらもっと安心できるだろ……」
「まぁ、それは確かに……」
隣にいる風呂上がりのアレンシアからはいい匂いがした……。 フローラルな香り……お土産のシャンプーとかコンディショナーの香りだよな……──
などと考えてたら、俺はいつしか眠りに落ちていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方そのころ、公爵邸に泊まることになったホリー率いる女冒険者パーティー『ホーリーナイト』の四人。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ホーリーナイトのメンバー四人は公爵家のゲストルームに集まっていた。
「お風呂、気持ち良かったねー」
「公爵家は平民にもお風呂を貸してくれるんだねー」
なかなかの好印象に、ホリーはこれは期待が持てると思った。
「ねぇ、ちょっと見て! 歯ブラシがめちゃくちゃ綺麗!」
「綺麗な歯ブラシってなによ、ユーミィ」
パーティーメンバーの一人、スカウトの少女ユーミィが洗面台から透明感のあるピンク色の歯ブラシを一本手にし、小走りで部屋の中央へ来た。
「見て、この透明感! 宝石みたい! これ使っていいの?」
「わー、本当に綺麗! 見たこともない材質ね。
てか、客室にあるんだし、いいんじゃない? 使えってことだと思う」
魔法使いのサーシャはユーミィの手にあるピンク色の歯ブラシをマジマジと見ながら答えた。
「……ガラスじゃないの?」
しかしホリーはガラスだと思った。
「えー、こんな綺麗なガラスある? しかも歯ブラシにガラスなんか使う?」
スカウトの少女は首をかしげる。
「わかんないわね……お貴族様の考えることは」
魔法使いのサーシャは苦笑しながら、髪に布を挟んでポンポンと叩き、水分を布に移すようにして乾かしていた。
中身が八城涼ことケーネストが日本で仕入れて来た歯ブラシの柄は実際のところ、PET、いわゆるポリエチレンテレフタレートであり、ガラスのような透明性があるものであったが、異世界の住人には、宝石のように綺麗だと感じられた。
「ここって歯磨きに指や植物使わなくて良いんだーー流石公爵家!」
武闘家の女、アニがはしゃいだ声を出した。
「貴族って皆こうなの? ベッドもふかふかなんだけど!」
スカウトのユーミィがベッドの上で柔らかさを確かめるように転がる。
「一回だけ貴族の護衛したことあるけど、ベッドはともかく、こんな歯ブラシを使ってるの見たことないわ、持ち手は木だったし、先端ももっと大きくて大変そうだった、これは小さくて使いやすそう」
リーダーのホリーは貴族の護衛をしたことがあることを語った。
「どこの貴族? それは初耳」
魔法使いのサーシャが詳しくと、話の先を促す。
「私が前のパーティーにいた時にね、子爵家の令嬢が伯爵家に嫁ぐのに相手の家に送り届ける仕事したの。女性の護衛が欲しいからって一回だけ」
「へー」
サーシャは色々やってきたのねぇと感心した。
「ねぇ、実際どう? 私達のパーティー『ホーリーナイト』は女だけの四人でさ、パワー不足でちよっと限界感じてきてたんでちょうどいい転機だと思うの」
ホーリーナイトのリーダーたるホリーは仲間達に真摯な姿勢で語りかけた。
「うーん、あたしたちってなにがしかで男で痛い目みてきたから、男性不信仲間で集まって今までやってきたよね……でも剣士のホリーが力不足って言うなら、ほんとに潮時かもね」
魔法使いのサーシャはパーティーメンバーの男と付き合っていたが、浮気をされたことがきっかけでそこをやめた過去がある。
「……ホリーの弟さんとか、他所の女の子の為に仕事休んでまで悪い奴ら探してくれたんだよね、彼みたいにいい男性もいるにはいるみたいだよねー」
スカウトの少女ユーミィは、実は父親が酒乱で妻や子供を殴る男だったので、家を出て冒険者になったという背景がある。
「うん、公爵様がこんな冒険者の事件にわざわざ自ら調査に来て下さるくらいだし、ここの騎士とか使用人の皆さんもいい方が多いかもしれないと、私は思うの」
ホリーは自分の弟からエルシード公爵家の悪い噂も聞かないので、護衛の話に乗り気だ。
「でも奥様はちょっと怖い……緊張する」
スカウトの少女ユーミィはベッドの端に座りなおし、そう語った。
「分かるー、なんか綺麗過ぎて緊張するよね」
武闘家もそう言って頷く。
「娘さん、ミルシェラお嬢様はまだ小さいから、威圧感もないと思うし、そっちはどう? 皆がお嬢様希望すると流石に奥様も気ぃ悪くするかもだし、リーダーの私が奥様の担当やってもいい」
「ホリーがそこまで言うなら……前向きに検討するわ」
魔法使いのサーシャはまだ今一歩踏み切れないでいた。
「そうだね……ところでこの歯ブラシ貰えるかなぁ?」
「ユーミィったら、そんなに歯ブラシが気に入ったんだ」
「ピンクで綺麗でかわいいんだもん! 後は水色と緑と紫もあったよ」
「それ、多分私達が使っていいやつだよね」
魔法使いのサーシャも、紫の歯ブラシを手にし、残りの2本を他のパーティーメンバーの元へ持ってきた。
「うん、多分、じゃあ私は水色使っていい?」
「いいよ、ホリーが水色で。じゃあ残ったグリーンは私が使う」
最後に武闘家のアニはグリーンの歯ブラシを手にして、洗面台へ向かった。
人生の岐路に立つ時、多くの者は迷うものだ。後一押し、背中を押すような事があれば、他のメンバーも道を選択できるかもしれなかった。




