66話「妻と一緒に寝る」
暗殺されかけて大騒ぎのデートが強制終了し、公爵領に帰った。
娘には心配させないように秘密にしてくれていたようだ。
が、しかし、妻はショックで寝込んだ。
外傷はないが、流石に怖かったんだろう。
そして暗殺者を雇った人間がいるはずなので、その件について考える。
俺や妻を殺して得をするのはやはり公爵家を継ぎたい、自分のものにしたい親戚が最有力だと思うんだが、さあ疑ってくださいとばかりにあのタイミングで暗殺者を送るのは、なんでだ?
何も考えてないのか? それか誰かに利用されてる?
敵はそんなに確実に仕留める自信でもあったのか?
仕損じていたが、まさか結界が張れるとは思ってなかったんだろうが。
なにしろ俺自身も結界張れるなんて知らなかったくらいだ。
光魔法だか聖魔法だかの恩恵か、神の慈悲なんだろうけど。
「普通、暗殺なら馬車の車輪に細工したり、馬車での帰り道とかで襲撃せるもんじゃないのかな?」
俺が執務室で頭をかしげると、窓に近い位置で護衛している騎士が口を開いた。
「逆に公爵家の馬車には高位司祭の祝福がかけられていますから、狙いにくかった説もあります。簡単な魔法なら弾くので。
そしてまさか劇場で観覧中にあんな狙われ方するなんて普通思わないでしょうし」
そうか、うちの馬車にはそんな特徴があったのか。馬車の維持費が高いのは馬の世話がかかるからとか思ってたが、馬車本体にもそんな秘密があったとは……。
「確かに思いもしなかった、あんな人が多い中で魔法の矢が飛んでくるなんて」
「姿を消すのも早かったので、かなりの手練れですね、結界が無ければ大変なことに」
俺は文官に声をかけた。
「しばらくは例の親戚相手に調査と監視に人をやってくれ」
「かしこまりました」
「奴らが犯人だったら、確たる証拠が見つかれば……絶対にただではおかない」
「はい」
さて、そろそろ昼だな、寝込んでるアレンシアの様子でも見に行くか。
ついでにトレイに食事を乗せて持って行こう。
ヨーグルトにブラックベリーを混ぜたやつとか。
そう、気分悪くてもそれくらいなら食べられるだろうし。
そしてアレンシアの部屋に来た。
「アレンシア、大丈夫か?ヨーグルトを持って来たが、食べられるか?」
「はい……」
気丈に振る舞ってはいるが、まだ顔色が悪い。
俺はトレイを持ったまま、まだベッドにいるアレンシアの側に座った。
そしてヨーグルトを一口分、スプーンに掬って……
「ほら、あーんしろ」
「じ、自分で食べられます……」
「そうか、じゃあ食べるといい」
俺はアレンシアがヨーグルトを完食するのを見守った。
「昨日は気絶のように寝たから、あれなんだが、不安なら今夜からニ、三日は俺のベッドで一緒に寝るといい、流石に屋敷内で何かあるとも思えないが、それで安心できるなら……」
「あなたはいつの間に結界が張れるようになったんですか?」
「それは私にも分からない」
「……そうですか、では、しばらく夜はそちらに参ります」
「ああ、そうしろ、どうせ隣の部屋だし」
俺が席を立つと、
「どちらに?」
「食堂だよ、ミルシェラが待ってるだろうから、一緒に昼食をとってくる」
「……先に私のところに来て下さったのですね」
「まぁな、ゆっくり休めよ、しばらく社交活動も控えめにして」
「はい……」
妻は弱々しくもそう返事をした。
◆ ◆ ◆
ミルシェラと昼食を食べた後、また仕事して、それから風呂に入り、晩餐を済ます。
それから寝る時間になって妻がおずおずと俺の部屋のベッドに入って来た。
ガウンを羽織り、下には白いネグリジェを着ていたが、ベッドに入る時にはガウンを脱いだ。
「腕枕でもするか?」
沈黙に耐えられずそんな提案をしてみたが、
「そんな、肝心な時にあなたの利き腕がしびれてたら……いけませんので」
妻は家の中でも襲撃を心配してるらしい。
「そうか」
「あ、誕生日パーティーでいい香りだと褒められましたよ、それと、口紅が綺麗だとか」
「あー……お土産の化粧品の香りを褒められたってことか?」
「はい、おそらく」
「あ! 香りで思い出した! お土産に香水もあった! 瓶が可愛いやつ!」
俺はがばりと起きて、魔法の袋からお土産の香水を取り出してベッドサイドに置いた。
「朝起きたら、この香水を回収していってくれ」
ボトルのキャップがガラスのような透明素材でお花になってる可愛いやつだ。
「はい、綺麗なボトルですね」
「だろう? 見た目で選んだからな」
「普通は香りで選ぶのでは?」
妻は小さく笑った。
「中身を使いきったらボトルは洗って、お気に入りの香りを入れてしまえばいい」
「そうですね、あなたはどんな香りが好きなんですか?」
「いい香り……」
「大ざっぱすぎですわ」
「強いて言うなら美味そうな香りかもな」
「全く、あなたと言う人は……」
妻は隣でくすくす笑ってる。ガチで俺の落ちない食欲を分けてやりたいよ。
「そうだ、せめて、手だけでも握ってしんぜよう……」
俺はそう冗談めかして言って、アレンシアの手を握った。緊張してたのか、彼女の手はやや冷たい。
「あなは何様なんですか?」
「公爵様だが?」
「ふふっ、そのままじゃないですか、おかしな人」
また笑われたが、妻が笑ってくれるなら、俺は何でも良かった。




