65話「王都のデート」
王城の誕生日パーティーを無事終えて、俺とアレンシアは王都内のタウンハウスに帰宅。
そして一夜開けてタウンハウスの朝は、バルテンに出ると、公爵邸の静かな朝とは違い、活気ある街の喧騒も聞こえて来た。新聞だの煙突掃除はいりませんか!?などの声が聞こえるのだ。
そして本日はデートなので、俺は朝から風呂に入って念入りに磨きをかけた。
「よし、なんとか頑張るぞ」
朝食を終えてから、アレンシアが身支度を整えて玄関までやって来た。
「あなた、準備が出来ましたわ。これから美術館に行くのでしょう?」
きらめくブロンドの髪を揺らし、背筋を伸ばして声をかけてきた妻は今朝も公爵夫人らしい気品溢れるドレスに身を包んでいた。
そして少し緊張して見える彼女の頬がわずかに赤いのが見てとれる。
「ああ、行こうか」
まずは二人で馬車に乗りこみ、王都の美術館へ向かった。壮麗な大理石の柱に囲まれた館内では、美しい天使や神の絵画や精霊の彫刻が並ぶ。
俺は、アレンシアが絵画に目を奪われる姿を眺めた。こういう芸術鑑賞もけっこう好きみたいだな?
「この絵、色彩が美しいわね。ええと、タイトルは……精霊の森」
アレンシアの呟きに俺はああ、と、返事をして頷いた。
ぶっちゃけこっちの美術の知識はゼロなのだが、珍しく穏やかな彼女の笑顔を見ると、そんなことは些事だなと思った。
「そうだな、この絵の湖の湖面とか……アレンシアの瞳みたいにキラキラしてる」
頑張って褒めてみたりもしたのだが、
「なっ、なに!? 急に何ですか?」
「なんてな……うっ!!」
俺が自分で言ったセリフに耐えられずに冗談めかして笑った瞬間、ガッと脇腹を扇子でどつかれた。
あいたたた!
アレンシアは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
これは、俺の自業自得である。ははは。
サーセンでした!!
昼下がりのひととき。
俺とアレンシアは気を取り直し、王都でも評判のレストラン「銀の鈴」に足を踏み入れた。
シャンデリアの光が柔らかくテーブルを照らし、香ばしいハーブと焼き立てのパンの香りが漂う店内で、俺達はメニューを見た。
「ハーブとベーコンを詰めたターキーのベリーソース添え。私はこれにしておこう」
無難にな。
そしてアレンシアも同じものを頼み、料理が届くと口元がほころんだ。
ターキーとはつまり七面鳥なので、見た目がかなりクリスマスだ。
良い焼き色のついたターキーが、まず目のご馳走として満点なのだ。
中には香りのよいハーブとベーコンと野菜が詰められ、ターキーにはハーブバターを塗ってあり、パリッと焼き上げていた。
これは美味い!!
美味しい食事でさっき微妙に怒らせた分はチャラになったかな? なってればいいな。
デートだからってなんか上手いこと言おうとすると、俺はから回るようだ。
食事を終え、午後三時頃。
俺達は王都の劇場へ向かった。今日の演目は、騎士と貴族の娘の恋物語『星々の誓い』。
俺達は公爵家なのでVIP席に座る。
豪華な赤いカーテンと金色の装飾に囲まれ、まるで別世界にいるようだった。……あ、ここ別世界だったわ。
「オペラなんて久しぶりですね。」
アレンシアがそう呟くと、俺は「ああ」と曖昧に笑って誤魔化した。
昔の事は何も覚えていません!!
彼女はチラリと彼を見て、ふっと微笑んだ。
「あなた、本当に変わりましたわね……でも、嫌いじゃありませんよ」
妻にどんな心境の変化があったのか、少しデレが見えた!
しかしその言葉に、俺の心臓はズキンと疼く。
本物のケーネストではなくて申し訳ないとも思ってしまう。
元社畜の俺にとって、こんなブロンドの美女にそんなこと言われるなんて、まるで夢の中にいるようでもある。
オペラが始まった。舞台では騎士が愛する貴族の娘に別れを告げ、戦争へと旅立つシーンが展開される。
切ない旋律と歌声が劇場を包み、アレンシアは目を潤ませていた。
俺はそっと彼女の手を握ろうとしたが、彼女が「な、なんですの?」と小さく声を上げ、慌てて手を引っ込めてしまう。
「はは、ごめん。そんなに驚くとは」
「………あ」
彼女が、なにか言いかけた。
だが、その瞬間――。
「――!?」
劇場の空気が一変した。暗闇の中、殺気のような物を感じた。
次の瞬間、四方八方から青白い光の矢――魔法の矢が俺達の席に向かって降り注いだ!
「アレンシア!!」
俺は咄嗟に彼女を庇い、腕に抱きしめた。矢が襲う。だが、その刹那――白金色の光が二人を包んだ。
「これは…!?」
聖なる結界。
神の加護のような力が、危機的瞬間に発動したのだ。魔法の矢は結界に弾かれ、キンキンと音を立てて床に落ちる。
「……あなた!?」
アレンシアの声は震えていたが、俺は彼女を強く抱きしめたまま、
「誰か! 暗殺者だ!」
と、叫ぶと、離れた場所にいた護衛達がVIP席のカーテンを開けてなだれ込んできた。
暗殺者達は俺かアレンシアを狙っていた。
あるいは両方か。
「アレンシア、大丈夫だ、絶対に守るから」
俺の言葉に、アレンシアの緑の瞳が揺れた。
「……あなた私を庇うなんて……」
「何を当たり前な事を……」
彼女の声は震え、瞳には涙が滲んでいた。
会場は蜘蛛の子を散らすような大騒ぎになった。
「我が主を狙うなど、どこのどいつだ!? 姿を見せろ!!」
護衛騎士達の怒号が館内に響くが、素直に敵はでてこない。
「お客様方! 落ち着いて避難をしてください!」
そんな館内アナウンスも聞こえた。
にしても、まさかこんな大勢の人間がいる場所で派手に狙われるとは。
目撃者の存在をものともしないなら、認識阻害の魔法でも使ったのか。
そしてよほど姿を見られない、囚われない自信があったのだろう暗殺者は、霞のように消え、俺の結界も消えた。
「公爵様、どうやら暗殺者を逃しました、申し訳ありません」
騎士達が頭を垂れた。
「魔法使いを捕まえるのは難しいな、仕方ない」
と、俺は護衛達を励ましてから、娘が心配なので早く領地へ帰る事にした。デート終了!




