64話「殿下の誕生日パーティー」
第一王子の誕生日パーティーは、豪華絢爛な王城内の会場で行われ、貴族達の装いもそれは華やかなものだった。
当然公爵家の俺とアレンシアも新しい礼服とドレスで王城に来ている。
まだ幼いとはいえ、いずれ王位を継ぐと言われる第一王子の元には多くの貴族が取り入ろうと、お祝いの言葉やプレゼントと共に集まっていた。
うちはと言えば、暗殺防止の意味を込めて銀食器をプレゼントに選んではいたが、それだけでは地味過ぎるかと、日本で買ったヘッドのでかすぎない子供も使いやすい歯ブラシ10本と歯磨き粉を三つ、つける事にした。
歯ブラシの種類は色々あったので、うちのとはまたデザイン違いである。
「素晴らしいものをありがとう、エルシード公爵。この歯ブラシは小さくて扱いやすそうだ! 大きいと口に入れた時に吐き気を催すので、とても助かる」
思いの外、歯ブラシが高評価だ。
流石日本産。異世界のものよりはるかに使いやすいサイズが揃ってるのだ。
「どうぞ使用後はよく洗い、その後はよく乾かしてから厳重に管理してください。そして二カ月程使用されましたら、新しいものに取り替えてください」
歯ブラシの寿命というか、取り替え時期は確か二カ月くらいと聞いたことがある。
そして俺の厳重に管理してくださいという、遠回しなセリフを要約すると、俺のプレゼントでまかり間違っても毒など仕込まれないでくれよ。って事だった。
「ありがとう、ところで……」
殿下はチラリと己の弟と姉を見た。
「はい?」
「兄弟に予備をあげてもかまわないだろうか? 今あるのは大きくてきっと難儀している」
この第一王子様……優しいんだな。
あなたの弟の第二王子は毒であなたを殺そうと画策して、私の娘を唆した……大罪人になり得るのに。
「一度差し上げたものは、既に殿下のものでありますから、お好きになさってください」
嫌とも言えないので、俺はそう言って頭を下げて、プレゼントも渡し終えたので下がった。
「王子殿下、珍しい贈り物に喜んでおられましたわね」
「子供にあのサイズはきついからな」
妻の言葉に俺は頷く。
天下の公爵家にあるものでさえ大きかったしな。
「大人でもきついですわ、さりとて指など使いたくはありませんし……」
そんなふうに妻と何気ない会話をしていると、やがて宮廷楽師による華麗なダンス音楽が流れてきた。
ファーストダンスは王女殿下と他国から来賓の王子様が踊った。
二人のダンスは見事なものでさすが王族、様になってる。
我が国の二人の王子達はまだ成人年齢に達していないのでダンスはしない。国王夫妻もエカテリーナ王女のダンスを見守る姿勢になっている。
まだダンスを踊れない程に体力が衰えてるようには見えないが……多くの貴族が見守る中、失敗しないように踊るのもめんどくさいのかもしれん。
そして、我々貴族達のダンスタイムも始まる。
俺は当然エスコートしてきた妻と最初のダンスを踊った。
足を踏みませんようにと願いつつ踊ったが、ダンスはケーネストの体が覚えていてくれて、なんとかなった。
あるいはアレンシアのサポートのおかげかもしれないが。
俺が一曲踊り終えて安堵しつつ、シャンパンを手にして飲んでいたら、若い貴族の女性に話しかけられた。
「ごきげんよう、エルシード公爵様」
「ごきげんよう」
誰だっけ? この人は? 原作でのモブ貴族はほぼ覚えてない。若い貴族女性だということしか分からない。
「私とも踊っていただけませんか?」
俺を艶っぽい上目遣いで誘惑してくる上に、胸の谷間を強調されたドレスも着ている。
他にも若くてフリーの貴族の令息もいるだろうに、何故既婚者の俺に声をかけるのか。
ケーネストがイケメンだからか?
「あいにくと、恥ずかしながらダンスはあまり得意ではなく……」
と、断ろうとしたのだが、
「まあ、そのようなこと! 先ほども見事なダンスでしたわ」
「はは……妻とはただ踊り慣れているだけです」
「奥様が羨ましいですわ」
ふと、視線を感じて周囲を見ると、先日私に離婚と再婚やら愛人をつくれと唆しに来た親戚と目が合った。
……あいつらの紹介したかった相手って、もしかしてこの令嬢か?
妻は冷たい目で俺をダンスに誘うこの若い令嬢を一瞥した後、俺と同じように飲み物を一旦手にしたが、他の男性にダンスに誘われ、断りきれずにまたダンスの輪に加わった。
あんまり頑なに断ると失礼に当たるから、仕方ないのだろう。
そして妻は社交界の花と言われるくらい美しいので、毎回色んな男からダンスに誘われているらしいから、別段珍しい光景ではない。
だが、先日の親戚の事もあって、何もかもが策略に見えてくる。
そして若い令嬢は未だ俺の側から離れない。
どうしてもダンスに誘って欲しいのか?
「まだ、死の淵から蘇り……万全に回復した訳ではないので」
「そうですか、残念ですわ」
と言う言い訳をして、俺はバルコニーに逃げた。




