62話「秋の始まりの頃」
〜 アレンシア視点 〜
夫の親戚が来る日、私はちょうどエルシード公爵家の宝物庫にある、家宝の点検をしていました。
私は公爵夫人なので、この作業は己の役割でもあります。
そしてその家宝の中には、なんと纏う者の姿を見えなくできるマントというものがあるのです。
私はこっそりと夫が親戚相手に失言でもしないか、聞き耳を立てに行くことにしました。
盗み聞きなど、本来褒められた行為ではないことは承知の上ですが、何しろ権力者たる貴族間のやり取りは気の抜けないものですし、親戚達は何故か応接室で話すのではなく庭園に行ったらしいので余計気になったのです。
そして……そこで聞いた話は衝撃的なものでした。
親戚の言葉を聞いた私は、腸が煮えくり返りそうでした。
私が、私が不甲斐ないのは、認めますが……でも、それにしたって、私がまだ男子を産めていないからといって、夫に愛人を作れだの! 離婚して新しい妻を娶れだの、そういう……話をするなんて!!
「それでも男子は必要だろう? 紹介したい女性がいるんだ」
きっと……叔父は相手の女性の家から紹介料でも貰えるのでしょうね。私は思わず下唇を噛んでしまいました……。
「なんですか? 女衒のような真似を……。やめてください。私は他に女を作って妻を傷つけるような真似はしません、娘に対しても父親として誇れないような行動はできません」
!!
……夫は、きっぱりと断ってくれました。
そして彼の声音は、明らかに怒っていましたし、その低い声は私の耳に、心に、残りました。
私は他に女を作って妻を傷つけるような真似はしません。
そう、はっきり言ってくれたことに、目頭が、熱くなります。
先日のブラックベリー摘みのお誘いを、断らなければ良かったかもしれません……。
森は虫が沢山いそうだから、つい、断ってしまって事を後悔しました。
それにしてもかつて抜き身の刃のような雰囲気を纏っていた頃の彼とは違い、最近は何やらふわふわした印象でしたけど……その姿と声は誇り高く……胸が熱くなります。
そして多くの女性を社交界で魅了していた時の姿を思い出しました。
詩人が詩を唄い、乙女は恋心をしたためた手紙を送り、あの人はとても眩しくて、憎らしくて、けれど、私も多くの乙女達のように憧れました。
……憧れでした。
パーティーで会えるだろう日はとびきりのドレスを着て、精一杯飾って、彼の瞳に映るよう、ダンスのお誘いが貰えるよう、目の前をうろうろしたものです。
古典的な手段ですが、王城で会えた時には目の前でハンカチを落としてみたりしたこともあります。
ちゃんと紳士的に拾ってくださいました。
あの時のハンカチは今でも大事にとってあります。
そんな風だったので、自分にあの人との縁談が来た時は内心心踊りました。
結婚後も娘のことはともかく、私に対してはクールすぎてあまり愛情を感じられていませんでしたが、公の場では妻として尊重し、エスコートもしてくれていました。
けれど、あんな風に、私を裏切らないと言ってくれた事に驚き……思わず胸を押さえ涙を堪えて、私は身隠しのマントを纏ったまま……茂みの裏でうずくまりました。
そして、その後、親戚は夫に捨て台詞のようなものを吐いて帰って行きました。
その親戚の態度に、嫌な胸騒ぎがしました。
秋の始まりの頃……心乱される1日でした。




