55話「わらび餅」
夏の夜。
俺は撮影後にしまざき弁当のバックヤードに食材を届けに来た。
するとどうやら車のエンジン音で姪っ子は母である真理姉の帰宅を知り、弁当屋のバックヤードを覗きに来て、俺は見つかった。
「あ! イケメンのケントだ!」
「やあ、こんばんは」
「もう夜になるから泊まって行きなよ! ご飯も一緒に食べよー」
そう言って俺の手を引っ張る心愛ちゃんを見て、真理姉はため息をつき、「泊まって行かれます?」と、俺に問う。
俺は今からまた運転して家まで送るのも面倒かもしれないと考え、
「じゃあ、お言葉に甘えようかな?」
と、返事をした。
リビングのソファに腰かけた俺はテレビを見させて貰ってた。
画面では夏休みのおすすめレジャーの番組などが流れてた。
姪っ子の心愛ちゃんはドレスを着たプリンセスの塗り絵をやりながら、麦茶をちびちび飲みつつ夕飯ができるのを待っていた。
俺と姉は焼肉などをご馳走になってきたし、凝った料理を作る気力もなかったようだ。
姉は弁当屋の残り物を寄せ集めたものを皿に盛って出してくれた。
残り物とはいえ、しまざき弁当の食べ物は基本的に全部美味い。
エアコンの効いた部屋で、ビールを片手に美味しくいただいた。
◆ ◆◆
「ケント、おやつ!」
食後に姉と一緒にお風呂に入ってた心愛ちゃんが戻ってくるなり突然おねだりしてきた。
キャミソールに短パンという、夏休みの子供スタイルで、期待に満ちたキラキラした目をして俺を見上げてる。
ふと、頭に浮かんだのは、子供の頃に祖母が作ってくれたわらび餅の記憶。
あのぷるんとした食感、きな粉の香ばしい甘さ。あれなら、確か電子レンジで簡単に作れる。
「よーし、心愛ちゃん、じゃあ俺がおやつを作ってやるよ」
「やったー!」
「すみません、片栗粉ときな粉と黒砂糖とかありますか?」
俺は敬語で姉に問う。今は病院のベッドで寝たきりの弟の親友を演じているためだ。
「あります。うちの娘がわがまま言ってごめんなさいね。キッチンにあるのものは好きに使ってくれてかまいません」
キッチンに向かうと、真理姉が片栗粉ときな粉と黒砂糖を出してくれたし、冷蔵庫には黒蜜もあった。
「よし、心愛ちゃん、わらび餅って知ってる? ぷるぷるで美味しいやつ、作ってみようぜ!」
「ぷるぷる!? 食べるー!」
と言って、心愛ちゃんはぴょんと跳ねた。俺はタブレットでレシピを確認しながらキッチンのカウンターに材料を並べた。
片栗粉100g、砂糖50g、水400ml。あとはきな粉と、ちょっとしたトッピング用に黒蜜も使う。
よし、これでいける。
ボウルに片栗粉と砂糖を入れ、水を少しずつ加えながらスプーンで混ぜる。
「よし、これをレンチンだ」
耐熱容器に移し、電子レンジに突っ込む。
600Wで2分チン、また混ぜて2分チン。レンジの中を覗き込む心愛ちゃんの「ぷるぷるまだー?」という声に振り返り、「もうちょっと! これを丁寧にやらないとダマになるんだ」と言ってなだめた。
3回目のチンで、液体は見事に半透明のぷるんとした塊に変身。
「よっしゃ!」
「できたぁ?」
冷水に浸して粗熱を取る間、こころちゃんは待ちきれずキッチンをうろうろしてる。
「この後、わらび餅が冷蔵庫で冷えるまで、ジブ◯の映画でも見ようか」
「えー、しょうがないな」
そして録画してある金曜の映画枠のアニメ映画を見た。
そしてようやく冷めたわらび餅を包丁で丁寧に切り分け、皿に盛ってきな粉をたっぷりまぶす。
仕上げに黒蜜をたらりと垂らすと、心愛ちゃんの目がキラキラと輝いた。
「わー! ぷるぷるだ! ケントすごい! さすがイケメン! なんでもできる!」
ははは、イケメンは関係ないと思うが、まぁいい。
片栗粉で作った簡単わらび餅を一口食べた心愛ちゃんの笑顔は愛らしい。
俺もつられて一口。
もちっとした食感に、きな粉の香ばしさと黒蜜の甘さが絡み合う。
ちょっと片栗粉の風味が強い気もしたが、初めてにしては上出来だ。
明日の弁当の仕込みをしてきた姉がリビングに顔を出した。旦那さんは今夜友達と飲み会らしく、まだ戻らない。
「へえまさかのわらび餅、私もいただいてもいい?」
「もちろんどうぞ」
俺は心愛ちゃんと並んでソファに座り、わらび餅をつつきながら、ふと思った。
こんな夏の日の夜、姪っ子と和やかに過ごす時間も悪くないな、と。
俺はあちらの世界の娘たるミルシェラにもお土産に持って帰ろうかなと、少しだけ残ったわらび餅をタッパーによけ、魔法の袋にしまった。




