54話「人の金で焼肉」
撮影会の後に桜子さんが最近印税が入ったからと、俺達に焼肉屋「牛炎」にて焼肉を奢ってくれるというので、ありがたく店に来た。
遅めの昼飯だ。
店内に煙と肉の香りが立ち込める。
カウンターの鉄板からジュウジュウと音が響き、店員の元気な声が飛び交う中、俺、真理姉、桜子、ミカリンの四人は一つのテーブルを囲んでいた。
漫画家の桜子さんが「今日は私が全部出すから、好きなだけ食べて!」と豪快に宣言した瞬間、場の空気が一気に華やぐ。
俺はメニューを手にした桜子さんに向けて話した。
「ありがとうございます、桜子さんの単行本を買って、レビューも書いておきますね」
「え、レビューとか最高に嬉しいけどBLよ、無理しないでね」
「よゆーですよ、偏見ないんで」
「私も買って読んでレビューも入れるわ」
姉も読むらしい。
「あーしも!」
「皆、ありがとう! でもミカリンは大人になってからで!」
「はーい、残念!」
桜子さんはカルビとロースとハラミを次々に注文した。
姉の真理は落ち着いた雰囲気で箸を手に「桜子、ほんと太っ腹ね」と笑いながら、キムチを小皿に取り分けた。
流石今や人妻、気が効いてる。
桜子さんは、漫画家の風貌そのもののラフなTシャツとジーンズという姿で運転代行を呼ぶらしく、ビールもしっかり飲んでいた。
「締め切りも最高の撮影も終わったし、 肉で祝うしかないでしょ!」と上機嫌だ。
一方、白ギャルのミカリンは、いつの間にか貼り付けるタイプのかわいいネイルをキラキラさせながら「やば、桜子さん神すぎ! !」と褒め称えつつスマホで焼肉の写真を撮ってる。
鉄板に載せられた肉がジュワッと焼ける音とともに、俺が手早くカルビをひっくり返す。
「焦げる前にどうぞ」
「イケメンの焼いてくれた肉最高~!」と笑いながら、焼き立ての肉をサンチュに巻いて頬張るミカリンは、更に、
「んー! 超ウマ!」と、目を輝かせて幸せそうだ。
「確かに、さらに人の金で食べる焼肉美味すぎるわね。桜子、今度うちの弁当屋の弁当でよければお返しに持ってくね」
「ありがと! あそこの店の出汁巻き卵最高だよね」
「えー! ミカもお弁当食べたい」
「ミカリンもいつでもしまざき弁当においで」
「あ、弁当屋のイン◯タあります?」
「あるわよー」
真理姉も肉を焼きつつ桜子さんに「この店、肉の質いいわね」と語る。
桜子さんは「でしょ? タンの塩加減が神すぎるの」と、薄切りのタンを口に放り込み、恍惚の表情を浮かべた。
俺はそんな彼女を見て、美味しそうに食べる女性っていいなと思いつつ、ビールを傾けた。
──そう、俺は助手席なので飲めてしまうのだ、すまんな姉よ。
ミカリンは焼肉を堪能しつつも「桜子さんの異世界転生、貴族令嬢のコミカライズ が爆売れしますように! 学校でも宣伝しとくね!」と陽気に宣言した。
「サンキュー、皆の衆!」
鉄板の上で次々と焼かれる肉、冷麺も運ばれてきて、俺達四人の箸は夏だというのにかなり進んだ。
「あ、そうだ、今度中古でよければ桜子さんとミカリンにドレスを贈らせていただきますね」
「わあ! ありがとうございます!」
こちらは撮影も頼んでいたので、焼肉のお礼も兼ねて何かお返しをしたかったのだ。
「それと、チーズとかバターがお好きならよければ、真理さん経由で送らせていただきます」
でっかいチーズやバターとかはこちらで買うとわりと高いからな。
「ええっ!? チーズもバターも好きです! ありがとうございます!!」
美味しい焼肉を人の金でいただいてしまい、冷麺までいただいたのだ、これくらいはな。
そして焼肉屋の側にフルーツサンドの店があったので、家族のお土産に買って帰ることにした。
フルーツの、いちごの断面が最高に映える。
可愛らしい、よいお土産が買えたのでトートバッグ内に仕込んでいた魔法の袋にそっと収納。
そしてややして桜子さん側の呼んだ運転代行が到着し、撮影会のメンツと解散してから、姉と二人、車の中で会話する。
「何にも言わないとこを見るに、病院の俺の方はやはり特に変わりなし?」
「うん……」
「そっか……今日もありがとう。また弁当屋のバックヤードまで行くならそこで食材渡してくよ、マジでまだドレスできてなくてごめん」
「ミシンすらない世界でオートクチュールと同じでしょ、そんな早くはできないってわかってるからそんなの気にしないで、ところで食材ってチーズやバターもあり?」
そう、姉もチーズがとても好きなんだよ。
「もちろん真理姉の分もチーズとバターは当然あるから、今度桜子さんに渡しといてくれる? まさか炎天下の車の中に置いてたものと思われてはいけないから、今日の帰り際には渡せなくてさ。魔法の袋に入ってたから安全とも言えないし」
「オッケー! てか、ラッキー!! もしかしてチーズって丸ごと?」
「丸ごとだよ、チーズフォンデュだってできちまうよ」
「テンション上がるーー!」
「あ、あちらの貴族の知り合いに真珠の養殖やってる人がいたから、それも今度買って持ってくる」
「へー! 真珠! 素敵ねー!!」
撮影も無事終え、焼肉も食べ、うまそうなお土産も買えて、今日はとても充実しているな。




