世界一のお姫様
約束の15日が経ち、俺は紙芝居の原稿と下絵を用意できた。
「たった一人のための物語なんてロマンと愛に溢れていますね」
邸宅に招いた若い画家のリックが、俺の下絵を手にしてそう語る。
「命がかかってるからな」
娘の。
「この作品、完成しないとどなたか死ぬんですか!? はっ、もしや僕!?」
「安心しろ、君ではない、色塗りを開始してくれ」
「はい!ところで髪色、本当にこの男の髪色は紫でいいのですか?」
「ありえない色の方がいいんだ」
まかり間違って流出した時に特定されたら、厄介なことになりかねないからな。
この物語は残酷ではあるが、愛の為に作られる。
──ただ愛する者の為に……。
◆ ◆ ◆
完成した紙芝居を、読み聞かせをした。
娘は、
「なんでおうじは赤いかみのおんなのこをだましてひどいことするの?」
「世の中には、残念ながらそういうやつがいるから十分に、気をつけないといけないって話なんだよ」
苦労して描いた話で、娘はあまりの残酷な展開に泣いてしまったが、仕方がない。
◆ ◆ ◆
「なんですか? あの残酷な物語は!?」
妻が紙芝居の内容を知ってしまったらしいな。
物語の文章原稿はせっかく別紙にしておいたのに……。
本来の紙芝居なら、裏に描くのだろうが。
「見てくれや身分に惑わされず、また甘い言葉にものせられないよう、教訓となるように考えたものだ」
「まったく、貴方の王室嫌いも困ったものですわね!」
「なんならもしもの時の遺言にも書くぞ。娘には王族皇族との婚約や結婚は許さないと」
「そうは言っても、うちは公爵家ですわよ! 王家が王子の婚約者にと望まれたら仕方なくないですか!?」
「なら、最初から断れるようにするか」
「なんです? では先んじて他の公爵家の令息と婚約させると?」
「ミルシェラには陰謀渦巻き、毒殺の可能性もあるようなところに行って欲しくない。野心の強すぎる王族との結婚もさせたくないし、政略結婚より幸せな恋愛結婚をして欲しいから、後継者にすると宣言しよう」
「は? 女は家督を継げませんよ」
「なら、法律を変えるしかないな。今こそ権力の使いどころだ」
公爵なんだし、議会に出て法律改正希望の発言しよう。
「そんなの、多くの男性貴族から反対されますよ!」
「男にばかり都合のいい世界にウンザリしないのか、君は」
「昔からそれは、そんな事は決まってるから、仕方ないではないですか!」
激昂する妻。何かの傷でも抉ったか?
「仕方ないと諦めなくていい世界にしていこうと言っている」
「……夢物語ですわ!!」
ギイ……と、部屋の扉が開く音がした。
「パパ、ママ、けんか?」
「あっ」
し、しまった! 娘が、ミルシェラが来てた!!
今の言い争いを聞かれたか! 子供に両親の喧嘩や不仲を見せるのは教育によくない!!
「ミルシェラ。ち、違うんだ、これは……ケンカの演技だよ! ケンカなんてしてないさ!」
「えんぎ?」
「結婚前に見たオペラ、劇のセリフを言い合ってたんだよ、お互いどれくらい覚えてるかなって!」
もちろんこれは口から出任せである!
「パパとママ、ケンカ……してない?」
「そうそう、セリフの演技だ、嘘の芝居」
「……」
妻は沈黙してる。
流石に娘の前で「そうよ、ケンカしてたわ!」とは言わないでくれてる。
「じゃあ、なかよしのえんぎは?」
「な、なかよしの演技?」
子供の無垢な表情が俺に刺さる!!
「……」
妻はぷいっと、俺から顔をそむけ、窓の外を見てる。
おい! 少しはなかよしの演技をしてくれよ!
「はは、ママは照れ屋だから、なかよしの演技は難しいらしい」
「てれるの?」
「そうなんだよ、だからそれはまた今度な!」
◆ ◆ ◆
娘には、できるだけ残酷な世界ではなく、砂糖菓子のように甘く、お布団のように、やわらかく温かい世界に生きていって欲しい。
でもそれは難しい。
わかってる。でも、俺にとって、
「ミルシェラは王族なんかに嫁がなくても、世界で一番のお姫様だよ、ティアラだって、俺が用意できる」
「ティアラ?」
ん?
待てよ、あまりにも贅沢させ過ぎて、高級志向で、金遣い荒い悪妻になるのも、それはそれで困るかもな。
ティアラはやはり本物のプリンセスティアラでないと! 王子様と結婚するわ!とか言い出したら大変だ。
「あ、ほら、花冠! 作ってあげよう、庭に沢山咲いてるから!」
「ほんと?」
「ああ!」
庭の花壇から花を貰って、なんとか花冠を完成させ、頭に乗せてあげた。
「わあ、ねぇ、ミル、きれい?」
ミルシェラは自分の事をミルって言う。可愛い。
「ああ、世界一綺麗だよ、ミルシェラ」
「まあ、せっかくなら本物のティアラを贈ったらいいのに、うちの娘が貧乏くさい公爵令嬢だなんて噂になったらどうするのですか?」
また庭園で妻とエンカウントしてしまった。
双方自宅内なのでそんなことは普通にあるだろうが。かなり広い邸宅なのに、よく遭遇するもなだなぁ。
「なにを言うんだ、生花は本来尊くて高級なんだ、貧乏くさいなんてあるはずがない」
と、俺が言うと娘が愛らしく微笑み、
「ミルね、パパのくれたお花のかんむりが一番好き! お姫様のかんむり、両手で持てないくらいのたくさんよりも!」
などと、言ってくれたものだから、ぶわっと感動のあまりに涙が出た!
そのままかわいくて優しい子のまま育ってくれ!!
「な、何を泣いているんですか!? 大の大人が!」
「大人になると涙腺は弱くなるもんだろ!」
「全く!」
妻は怒って去って行った。
だが、娘が、ミルシェラがあまりにかわいくて愛おしいので、今は妻を追いかけるより、娘を抱きしめてしまった。