45話「七夕特別編」
七夕の話。
俺が公爵領内の視察をしていると、広場で市場が立っていて、その中で竹や笹らしきものを運んで来ている商人を見つけた。
「商人、その植物、笹や竹はどこから手に入れたんだ?」
「この植物ですか? 冒険者がダンジョンで見つけたらしく、珍しい植物だったので、仕入れてみました」
「じゃあ売り物なんだな、笹と竹を買わせて貰おう」
「ありがとうございます!」
タブレットを見るとこの日はおりしも七夕の日だったので、俺は笹と竹を買って帰った。
竹の方は今度細工して遊ぶ事にして、魔法の袋にしまい込んだ。
そしてこちらの世界に天の川があるのかは不明だが、日本人の作者が書いた物語の中であるなら、願い事を書いた短冊を吊るしてもいいだろう。
もしかしたら、叶うかもしれない。
◆◆◆
帰宅後。
俺は3種類の便箋の紙を短冊状に切って、ティッシュをこより、短冊を吊るす為の紐も作ってみた。
それから短冊を持ってミルシェラの部屋に向かう、その途中に妻と廊下で遭遇した。
「あ、アレンシア。ちょうどいいところに、この短冊、いや、紙に君の願い事を書いてくれないか?」
俺は書き損じることも考え、三枚の短冊を妻に手渡した。
「私の願い事、ですか?」
「ああ。笹という植物に願い事を紙に書いたものを吊るして天に願うんだよ、叶うかもしれない」
「天に?」
「そう」
「その植物に願いを吊るすと願いが叶うのですか?」
「かもしれないレベルだが」
「それは意味があるのですか?」
「願うだけならただじゃないか」
「まあ、いいですけども……」
妻はあまり信用してなさげだが、一応受けとってくれた。
「では、私はミルシェラの部屋に行くから後で書いた紙を渡してくれ、メイドでも執事にでも託しておいてくれたらいい」
「分かりました。あ、願いは三つまでいいのですか?」
妻は三枚ほどある色の違う紙を見つめてる。
「普通は一つだな、欲張って三つ書いてみてもいいが、一応書き損じも考慮して三枚渡した」
「分かりました……」
それから妻と別れ、ミルシェラの部屋に来て、先ほど妻にした説明を繰り返しした。
「じゃあこの紙にねがいごとを書くの?」
「そうだよ」
「おねがいはなんでもいいの?」
「ああ、将来素敵なお嫁さんになりたいとか、好きな人とずっと一緒にいたいとか、大金持ちになりたいとか、美味しいものが食べたいとか、なんでもいいんだよ」
まあ、ミルシェラは公爵令嬢だから金にも食うにも現状困ってないだろうけど、ひとまずありきたりな願いの例をあげてみた。
そしてまた自室に戻った俺は、ミルシェラと妻にも短冊を渡したし、自分の願い事も書いておくかと白いシャツの袖をまくった。
『愛する人達の未来が守られます様に、どんな脅威からでも守られますように』
願いを書いた後に短冊を笹にくくりつけたら、しばらく後、ノックの音がするとメイドが短冊を持って来てくれた。
「旦那様、こちらミルシェラお嬢様からです」
「ありがとう」
俺は手にしたミルシェラの短冊を読んでみた。
『パパがずっとわらっていてくれますように』
思わず膝から崩折れた。
なんて健気で泣ける願い事なんだ!
いや、笑って欲しいと書いてあるのに泣いてどうするのか。
俺は涙を袖で拭ってミルシェラの短冊を笹に吊るした。
その後に妻の短冊が三枚届いた。
『ミルシェラにいい縁談がありますように』
『夫が浮気をしませんように』
『エルシードの家門がずっと繁栄しますように』
妻の短冊は三枚全部書いてあって、1枚は浮気を心配していた。心外だ……。
だが、俺は彼女に浮気され他の男に寝取られて傷ついたので、浮気はしない。その願いは叶うだろう。
俺は願い事を書いた短冊を全て笹に吊るし、使用人や騎士達にも短冊を使えるよう、笹をテラスに飾った。
そして笹の近くにラウンドテーブルを設置。
その上に短冊とこよりセットも置いて、自由に願い事を書いて吊るすようにと、メモを残したり、周囲にいる者たちに七夕の事を簡単に説明した。
そして後で笹を見に行くと、やはり金持ちになりたいとか、好きな人と結ばれたいとか、いい縁談が欲しいとか、両親が長生きしますようにとか、健康祈願とか、よくある願い事が書かれていた。
一番印象深かったのは、大切な人の願いが叶いますように。といったものだ。
誰かの幸せを願える人がこの公爵邸にいてくれて嬉しかったし、今宵はよく晴れてて、皆の願いが……本当に叶うといいと、俺は思った。




