34話「森の中で」
迷いの森に導かれるようにして入った。
開けた道にはモルフォ蝶に似た青系の綺麗な蝶も舞い、俺を道案内をしてくれているように思える。
湿り気を帯びた森の中をしばらく歩き進めると、広場のように開けた場所に淡く光るクリスタルのような石がてっぺんについたオブジェのようなものがあった。
「あ、ありました! あの石が結界石です!」
「てっぺんの石は無事なようだが、下の柱の細かいのが取れてる?」
円柱になにかがハマっていたような窪みが4つあるが、柱の下の地面には赤い石の破片と砂が落ちてる。
「下の土台にハマっていた石が砕けて落ちてますし、結界石の魔力が微弱になっています」
「つまりどうすれば解決するのか分かりますか?」
石の交換か魔力注入か?と、 俺が侯爵に疑問を投げると、
「この結界石に魔力を注ぎ、補充をしなければなりません」
という返事が返ってきた。やはりそうか。
「では、魔力注入をここにいる皆でやればいいのですか?」
「種類の違う魔力で反発するといけませんので、できればここに結界石を設置した聖女と同じく浄化魔法の使えるエルシード公爵様にお願いしたいのですが」
「浄化魔法を使った私をご指名か、まぁ、やってみよう」
ここまで来て力の出し惜しみをしても仕方ない。
俺は脳内で手のひらに魔力が集まるイメージをしてから結界石に手を翳し、魔力を注いでみた。
すると、それに呼応するかのように光り輝く結界石。
「おお……!」
魔力注入をしばし頑張ってたけど、頭がくらくらしてきた時にひときわ石が強く輝いて、森をも眩く輝かせた。
「公爵様、その辺で!」
ようやく俺の魔力注入作業を制止する魔法使いの声が聞こえて、正直助かったと思った。
そして騎士達見守りの元、無事作業を終えた。
「疲れた……」
正直な感想を漏らして俺がその場でガクリと膝をつくと、
「エルシード公爵、 我が領地の為に申し訳ありません、 しかし助かりました!」
ウィード侯爵が俺の側に駆け寄って来て、くず折れた俺の腕を掴み、肩を貸しつつお礼を言って来た。
「これで……アンデッドの動きはどうにかなりましたか?」
「魔法の伝書鳥を飛ばして様子を聞いてみます!」
「はい、よろしく」
そして侯爵の部下の魔法使いが杖で空中にくるりと円を描くと、そこから魔法の鳥がふっと現れた。
見た目は白い鳩で、それが人の言葉を話しはじめた。
「……そうか! 街中のアンデッドが急に崩れて動きを止めたか!」
「良かった……」
「エルシード公爵、今から馬に乗れますか? ここでしばらく休んで行かれますか? 」
侯爵が問うてくる。さて、この森でキャンプはどうなんだろうな?
「──まぁ、今からエナドリ飲んで己にカツ入れてみます」
困った時のエナドリは元気の前借り。
多用すると死ぬから、ご利用は計画的に……。
「エナドリとは?」
おっと、またうっかりとこちらの人が分からない言葉を。
「MPポーション的な、えー、気力回復薬みたいなものを今から飲みます」
俺は魔法の袋から、日本で仕入れて来たエナドリを一本出して飲んだ。もはや懐かしい味だ。
「見たこともない容器ですね」
侯爵が俺の手にしてるエナドリの容器を見てそう言った。あー、しまった! 疲れてて頭回ってなかった!
「これはダンジョン産なので……」
と、雑な説明をしてごまかしたら、
「ダンジョン産の、そうだったんですね!」
どうやら通用した。良かった、素直な人で。
そしてエナドリのドーピングでなんとか気力を取り戻した俺はまた馬に乗って神殿へと戻った。
◆ ◆ ◆
神殿に戻ると、歓声と共に現地の方達に盛大に迎えられた。
「皆様、ありがとうございました! アンデッドの動きが止まりました!」
「全てエルシード公爵様方のおかげだ」
と、侯爵は普通に俺を英雄扱いした。
「ありがとうございます! エルシード公爵様!!」
皆が嬉しそうでホント良かった。
しかし口を開くもダルいので笑顔だけ作ってみせる俺に、出掛ける前に声をかけてき女の子が駆け寄ってきた。年齢は10歳くらいに見える。
確か宝物の在り処がどうとか言ってたな、子供の宝物なら、ドングリとか川原で拾った綺麗な石とかだろうか?
「お助けくださりありがとうございます! 約束通りにわたしの宝物の在り処を公爵様に教えます!」
「いや、別にいいよ」
「いいえ! ぜひ来てください!」
どうやら絶対に見せたいらしい。正直早くベッドで寝たいところだが、なんとか気力を奮い立たせ、笑顔を作る。子供がせっかく言ってるからね。
「おい、君、公爵様はお疲れなんだぞ?」
侯爵が気を使って優しげな声でそう言ってくれたが、
「今度は近くまで馬車で行けるなら、そうしよう、ありがとう侯爵」
「はい! そんなに遠く無いとこですからわたしが案内します! 街中にアンデッドが出てから近寄れなかったんですけど、もう平気なので!」
そんなわけで女の子の案内で近くの林にきた。
途中、道から外れるので馬車を降りるように言われ、少し徒歩で林の中を進むと、ある場所に来て、女の子は歩みを止めた。
「木苺が実ってる場所か……そうか、君はこれを見せたかったんだね」
貴重なただ食材の在り処を教えてくれた。しかも甘味だろ? 庶民にとっては砂糖が高価な分、ガチで貴重な。
「はい、好きなだけ採ってください!」
とは言うものの、本人がじゅるりとよだれをたらさんばかりである。
「じゃあ、せっかくアンデッドの脅威が無くなったことだし、ここで食事がてらピクニックにしよう」
ちょうど昼の3時くらいになっていて、腹も減ってる。
「たしかに腹も空いてますが、こんな場所でよいのですか? 我が屋敷で食事をご用意できますが」
「ありがとう侯爵、しかし貴重な食材を分けてくれようとしたこの子に、食べさせてやりたいものがある」
「そうですか」
俺はバニラ味の牛乳とホットケーキの粉を日本で仕入れて来ていた。そしてキャンプ用品も。
それらを使って火力の調整がやや難しいが、なんとか美味しいパンケーキが作れた。
このバニラ味の牛乳を使ってパンケーキを作れば簡単にめちゃくちゃ美味しくなるのだ。
完成したパンケーキに、女の子の教えてくれた木苺を可愛らしくトッピングして完成! 騎士達と食べる事にした。
「おお、これはなんと、可愛いらしい……」
イケメン侯爵も感動する可愛らしくできたパンケーキだ。
「ほら、食べてごらん?」
俺は女の子に優しくパンケーキをすすめた。
「あまーい! 美味しい!! こんなにふわふわで甘くて美味しいものは始めて食べました!」
さもありなん。
「大切な宝物のありかを教えてくれたお礼だよ、君は律儀ないい子だから」
女の子は嬉しそうに笑った。
「エルシード公爵様の愛は美しいですね」
侯爵が真顔でそうのたまった。急になんだ!?
「愛? 愛とはまた大仰な、健気な子供の心に感動したので、ただのご褒美ですよ」
「慈悲深く惜しみなく与え、まるで聖人のようだと思いまして」
「大げさですよ」
甘くてふわふわのパンケーキに添えられた艶やかな木苺を食べると、口の中に爽やかな甘味がひろがった。
──正直、俺のような大人の男より、小さな女の子のミルシェラや美女の妻の方が似合うよなぁ、木苺狩りとかってさ。
でもここまで身内を連れて来なくても、エルシードの自領にもきっとシーズンなら木苺くらいは実ってるはずだよな。
ここは一度だけの狩り場で、この地に住む彼女達に残しておかねばと、俺は思った。
北部にある、やや遅れてきた爽やかな初夏の林にて──。




