32話 大神殿と避難民
北部のウィード侯爵領の大神殿に着いた。
そしてこの神殿、何故かざわざわして、人の気配が多い。
「ようこそおいでくださいました」
長身でグレーの髪色のイケメンの出迎えがあった。
そして俺の側近の騎士がウィード侯爵ですと、耳打ちして教えてくれた。
そっか、じゃあまずは挨拶だな。
「どうも、ウィード侯爵。出迎え感謝します。ところで……人が多い神殿ですね?」
「ただいまアンデッドが領内に出没し、避難して来ている領民が多くいるのです。騒がしくて申し訳ありません」
なるほど避難民か! そしてよりによってアンデッドだと……。
ここは北部で夏をむかえるのが他より遅く、まだ初夏程度ではあるが、神殿外は腐った臭いが凄そう……ここ神殿内では独特の香が焚かれているが。
「敵はアンデッドでしたか」
なるべく平静を装う俺。
「そうです。アンデッドは一応首を落とすなりすれば物理攻撃は効くのですが、既に命無きものゆえ、痛覚がないのと、噛まれると同じくアンデッドになるのが厄介で、国内随一の魔力保持者と言われるエルシード公爵様に御助力を願いたいと」
「なるほど」
魔物が出るとは書簡にあったが、敵がアンデッドとは書いてなかった。
それを書くと最初から断わられると思ったのかな?
「本当に厄介な敵なので、中途半端な情報でお呼びしたこと、お詫びいたします」
素直に謝れたのはえらい。
「そこまで切迫した状況に陥るのならば、今後は土葬はやめて火葬にすべきですね。アンデッドは器がないと動けないはず」
「やはり、それしかありませんよね」
ウィード侯爵も 浮かない表情ではあるが……。
「首尾よく首を落して倒したとてですよ、動く腐乱死体がそこかしこにあるなんて、疫病の元でもあるのですから」
別に土葬文化や風習を否定したい訳ではない。
これは皆の生活の安全と生存のために必要なことだ。
「ひとまず神殿の祝福を受けてから、戦闘に加わりたいと思います。ところで今回のようなアンデッドの被害は度々あるのですか?」
俺は騎士達と共に祭壇の方に移動しながら、侯爵と話を続けた。神殿の大理石の床に大勢の靴音が響く。
「アンデッドの被害は流石にそんなに頻繁にはありません。結界石に何かあったのかもしれないのですが、その結界石が迷いの森にありまして確認ができておりません」
「迷いの森?」
またいかにもファンタジーな名所が出てきたな。
「招かれない者は入れない。もしくは迷う森です」
なるほど、文字通りというやつか。
「どうしてそんな管理がしにくいところに結界石を置いたのですか? 」
それは素朴な疑問だった。
「かつての聖女様が破壊、あるいは盗難されにくい場所を選ばれたのです」
昔の聖女のやったことか。しかし新しい聖女と言えば果樹園を探すべきだ。原作通りであるならばだか。でもまだ聖女も小さな子供ならそっとしておくべきかもな。
「ああ、結界石の盗難防止で森に設置を……。しかし倒しても倒してもアンデッドが増えるのであれば……いっそ森に行ってみましょう」
別にアンデッドが怖いから森の方がマシと言っている訳ではない。ぶっちゃけ森で迷うのも怖いが、根本的な解決策として、結界を作動させるのが一番な気がするのだ。
「入れるか分かりませんし、森への道中もアンデッドが襲ってくるでしょう」
「ものは試しです、私は聖女ではないので森に入れない可能性の方が高いとはいえ、結界石が何とかなるのが一番ですから」
この俺がリアルでゾンビと戦うはめになるとはな。ゲーム内ではさんざん撃ち倒したりはしてたけど。ここでは銃より魔法を使うことになるだろう。
火縄銃レベルの銃しか今のところこの世界にはないみたいだし。マシンガンレベルなら銃でもいいだろうが。
考えながら祭壇前へ向かうと、そこに新たな足音が近づいてきた。
「騎士様、どうか魔物を倒してください……そうしたら、私の宝物の在り処をお教えします!」
見知らぬ平民の女の子が話しかけてきた。宝物?
「これ! 勝手に高貴な方に話しかけてはいけないのよ! 申し訳ありません、うちの子が」
母親らしき女性が慌てて子供を止めに来た。
「できる限りのことはやってみるさ、君達はここで神に祈って居なさい」
と、だけ答えた俺に、はいと答えた平民の親子。なんとかできるかどうかは、神のみぞ知る。
おりしも大神殿の窓にあるステンドグラスからは陽光が差し込んできていて、神々しく祭壇と神像を照らしていた。




