30話 海辺にて(アレンシア視点)
〜 アレンシア視点 〜
それは私が夫と子供と共に伯爵領にひまわりを見に来ませんか?という招待を受けて行った時のこと。
夏のぬけるような青空の下、黄色いひまわりが一面を埋め尽くす様は圧巻でした。
ひまわりは薔薇のような優雅さはないけれど、十分綺麗でした。
でも日焼けしないように、私はすぐに用意されていた天幕に避難しました。
そこで伯爵夫人とお茶など飲みつつ、歓談をしました。
そこで知ったのだけど、かつて行ったガーデンパーティーで夫が用意していたイチゴ飴の噂は伯爵夫人にも伝わったらしく、その話題も上がりました。
そしてしばらくしてから、ひまわり畑で謎の板のような魔道具で撮影なるものをすると夫に言われ、理由もわからぬまま言われる通りにひまわりの前に立ちました。
さらに笑えと言われて笑顔を作らされたりした後で、次は海辺の施設へと向かうと……そこは伯爵のやっている事業のひとつで、アコヤ貝の養殖所。
そして下々の職人がやる作業でしょうに、夫は娘と共に自ら貝を手にして真珠を取り出す作業をすると言いだして、本当にやりました。
とても楽しそうに。
更に、娘に真珠を贈った後には私の為にも真珠を取り出してくれました。
「公爵様は本当にお優しくてロマンチストで素敵な方ですのね」
伯爵夫人にそんなことを言われました。
確かに死にかけていた、あの時以降、全く違う、様子がおかしいほどに……人に優しい。
私以外にも、優しい……。
「公爵様は事業の才能もおありのようですな、思いもつかない提案でした! 我が領地の早速観光事業に真珠を取り出す体験も盛り込むことにいたします!」
伯爵も夫の提案する意外な事業プランに色めきたっていました。
──でも、伯爵は己の妻の為に真珠を自ら取り出すことはしませんでした。
その提案に感心はしていたのに、でも普通の貴族はそんなもの。
伯爵は事業、お金儲けの方に完全に意識が向いてました。
私の為の真珠は、後日職人が指輪にしてくれるらしいから、完成を待ちますし、伯爵家からのお土産の真珠のネックレスも、有り難くいただきます。
私はその後、晩餐会の身支度に忙しいので、提案されたホタル鑑賞には行かなかったけれど、行けば良かったのかしら?
外は暗いでしょうし、川の側で虫を見るのには興味がわかなかったのだけれど……。
ホタル鑑賞に行って戻って来た夫と娘は楽しそうでした。
そして晩餐会のデザートにはイチゴ飴が出されました。
「噂を聞きまして、当家でもイチゴ飴を作ってみました」
と、伯爵に言われ、真似されても夫はいいですね、美味しいものは皆で共有していきましょう。と、ほがらかに笑い、喜んでいました。
晩餐会の後、私は家族と同じ貴賓室兼、寝室を用意されていたので、朝も早くから夫が起き出すのを察知して、私は声をかけました。
「何処かに行くのですか?」
「せっかく海が近くにあるのだし、朝焼けの中の浜辺を歩こうかなと、今なら暑くないし」
「うみゅ……パパ?」
娘がベッドの中で身動ぎをして、目をこすっています。
「ああ、ミルシェラまで起きてしまいましたわよ」
「ミルシェラも浜辺のお散歩に行くかい?」
「いくー」
娘もむくりと起きだして、夫のベッドの方に向かい、そのまま朝のおはようございますのキスを彼の頬にしています。
「お、おはようのキスか、ありがとうミルシェラ」
銀髪をわざわざ黒く染めなおした夫は、とても嬉しそうな笑みを浮かべています。
自分の娘におはようのキスを貰ったくらいで、あんなに嬉しそうにする人ではなかったのに。
いつもポーカーフェイスだったのに……。
「仕方ありませんね、起きてしまったからには」
私達は朝モヤの中で、海へと向かいました。
「夕陽もそれは綺麗なものだけど、やはり朝焼けの海は清々しいな」
そしておもむろに靴を脱ぎ出す夫。
「ちょっとあなた、何故靴を脱ぐんです?」
「砂浜を歩くと砂が入るしいっそ裸足でいい、下が砂で痛くないし」
「はしたないですわよ」
「誰も見てないから気にするな」
「ええ?」
「ミルもおくつぬぐー」
「ああ、もう、ミルシェラまで真似してしまったではないですか」
「砂浜の感触を知っておくのも悪くない」
「それはなんの為にです?」
私は理由のわからないことを言う夫に少し呆れました。
「五感を鍛える為に」
──はあ? ゴカン? ゴカンとは?
ポカンとする私を置いて、夫はミルシェラと砂浜を歩き出します。
「あ、きれいな貝ー」
娘が貝殻を見つけました。
「お土産に持って帰るか、変な生き物には絶対に触るなよ、特に青くて透き通るようなやつには毒があるから」
「はーい」
娘がせっせと貝殻を集めだしました。
「そんなもの、ゴミになるでしょうに……」
「いやいや、家族で海に行った記念品だよ、想い出の品だ。君は幼い頃、綺麗な貝殻を集めたりはしなかったのか?」
「靴に砂が入りますから、いたしません」
「いたしませんかー、それは残念」
「何故残念なのですか?」
「かわいいミュールを今度君に贈るよ、それなら夏の浜辺に似合うだろう」
「質問に答えて貰っていませんわ、何故残念ということになるのですか?」
私は質問を繰り返しました。
「……浜辺をミュール片手に裸足で歩く美女って、最高に絵になるんだよ」
!?
「は、はあ!? まったく、何を言い出すのやら!!」
「君が聞くから答えたのに……」
──まったく、最近の夫には調子が狂います。
困ったものです、あんな笑顔で美女だなんて……。
──まぁ、私は元から人々に美しいと言われる美女ではありますけどね!




