29話 真珠と娘と妻と
伯爵が我々へのおもてなしの為の晩餐会の準備中、俺は近くの小川にホタルを見に行った。
妻は晩餐会のためのメイク等を頑張っているが、俺はその間に子供達とホタル鑑賞だ。
その川の向う岸、草ぼうぼうのあたりで淡く儚げな光が乱舞する。幻想的な光景に、しばし目を奪われた。
「川に近づきすぎないようにな、落ちたら大変だから。いや、いっそそこの護衛騎士、マリアンヌ令嬢を抱えてくれ、私はうちの子を抱える」
「かしこまりました、お嬢様、失礼します」
「はい。……わぁ、すごい、高い」
俺は伯爵家の護衛騎士に幼い令嬢を抱えあげてもらうことにした。
万が一にも川に突っ込んで落ちるといけないから。
「たかーい、きれー」
うちの子も抱えられて視線がいつもより高いことに無邪気に喜んだ。──愛らしいことだ。
風情溢れる黄色い光の点滅を、しばし眺めてから、俺たちは晩餐会の為に屋敷に戻った。
晩餐会では心尽くしの料理でもてなされ、翌日にはちゃんと晴れたので、海へ向かった。
青空と入道雲の下、輝く海がそこにあった。
ミルシェラは始めて見る海に感動していた。
しかし、遊覧船か浜辺あたりで遊ぶのかと思っていたが、伯爵が案内したのは海辺の施設。
「ここでは真珠の養殖をしておりまして、当家の事業です」
伯爵は真珠の養殖事業をしていると紹介してくれ、そして、
「公爵夫人、お土産にこちらの真珠のネックレスをお持ちください」
急にプレゼント攻撃がはじまった。
今後とも仲良くしてくれアピールかな?
「まぁ、素敵、よろしいのですか?」
妻も突然だったが、意外なプレゼントに喜んでいる。
「ええ、もちろん」
伯爵夫人もにこやかに笑ってる。美しい真珠のネックレスプレゼントかぁ、悪く無いな。
俺は施設の中で真珠を取り出す作業をしている平民の姿を目にとめた。
そして、ふと思いついた。
「公爵様もお好きな真珠があれば声をかけてください」
伯爵は気前がいいな。
だが俺は、美しく陳列された真珠のアクセサリーの棚よりも気になるものがある。
「では、お言葉に甘えて、あの真珠を取り出す作業をやってみたい」
俺は作業場の平民の方を指差した。
「え? 公爵様が直接貝に触れられるのですか? 危ないですよ」
「ああ、手袋を持ってるから、大丈夫だ」
貝を自分で開け、真珠を取り出す体験をさせる場所が日本にあったのをかつて旅行動画で見たのを思い出したのだ。
それでそれをやってみたくなった。
「そ、そうですか、では公爵様、お手を怪我されないように気をつけてください」
「自分で真珠を取り出せる機会なんて、そうないから、観光事業にもなると思うぞ」
「え?」
伯爵夫妻は目から鱗といった様子だった。
「パパー、ミルも、わたしもやりたいー」
「うーん、小さなお前に刃物を持たせるのはまだ怖いから、パパと一緒にやろうか」
「うん! ちがった、はい!」
俺はテーブルセットのある場所で娘を膝に乗せて手袋をさせ、小型ナイフを持たせたミルシェラの小さな手に己の手を重ねた。
変なところは絶対に刺さないよう、これでコントロールする。
「この隙間に刃を入れて、ぐりっと……」
「はぁい」
「ミルシェラ、手は痛くないか? 大丈夫か?」
「 だいじょうぶー」
俺のアシスタントがあるから、ミルシェラも無事に真珠を取り出せた。
マリアンヌ令嬢もそれを羨ましそうに見ていたので、伯爵もやればいいのに。でも貴族だし、手を汚したく無いのかもしれないから、強くは言えない。
「おー、白くて綺麗な真珠だな」
「とれたー!」
「さあ、ミルシェラお嬢様、ここに入れて手を洗ってください。そして真珠はこちらの器に入れて洗えますわ」
「ありがとう、夫人」
伯爵夫人が気を使って色々用意してくれたので俺は礼を言った。
自分達で取り出した、白く輝く真珠は格別に美しく見えたし、その一粒を手に、ミルシェラもとても嬉しそうに笑う。
「客が自ら取り出した真珠をアクセサリーに加工するサービスまでつけたら完璧だぞ、伯爵」
事業でやってるらしいので、おせっかいかもしれないけど、アイデアを渡してみた。
「は、はい! 確かに素晴らしい発想です! ただいまアクセサリー職人に手配させます!」
「更にペンダントと、指輪、イヤリング、ピアス、ブローチなど、好きなアクセサリーを選ばせるとなおいい、そこそこ富裕層の若い恋人同士とかが狙いめだと思う、あとは、旅行に来る親子かな。自分で取り出した真珠を恋人に送りあうと多分喜ぶんじゃないかな?」
「な、なるほど!! その発想はありませんでした! ……そして公爵様は何のアクセサリーにいたしますか?」
「ああ、接着剤があるし、ブローチにするか、ミルシェラ、それ身につけられるようにするから貸してごらん」
「はぁい!」
俺は魔法の布の中に入れて来た接着剤を取り出した。
更に元々ミルシェラの晩餐会のドレスの装飾用に持って来ていたブローチから一つ選んで、俺は真珠をつけ足した。
さすが瞬間接着剤、早くて強い。すぐくっついた。
「ほら、ミルシェラ、今年の夏の素敵な思い出の品の出来上がりだ」
「わーーっ! かわいい!」
胸にパールを付け加えた金色の花のブローチを飾ってやった。
花芯の部分がちょうど凹んでて都合が良かったので、そこにパールを接着したのだ。
「完璧ですね! 流石は公爵様です!」
「ありがとう、いい経験になったよ、楽しかった」
「あなたは変わったことをしたがりますね」
「君の為の真珠も今から取りだそう、アレンシア」
「えっ!?」
「かまわないか、伯爵?」
「もちろんでございます!」
「今度のは指輪に加工しよう」
「かしこまりました! おいそこの、新しい貝をご用意しろ!」
「はい!」
伯爵は使用人に新しい貝を用意するよう声をかけてくれた。
ほどなくして、俺は新しい貝を受け取り、今度は妻のアレンシアへ、俺自ら取り出した真珠のアクセサリーを贈ることにした。
「エルシード公爵様の取りだした真珠、ひときわ美しく輝いておりますわね、夫人」
伯爵夫人が妻に微笑みながら耳打ちした時、彼女が耳まで赤くしていたのを、俺は見逃さなかった。




