蔵と鏡
「では、奥へと参りましょう」
俺は護衛騎士に先導され、先行調査の時に騎士に倒された魔物の死体を踏まないよう避けつつ、洞窟の奥へと進む。
途中、サソリの魔物が新たに出て来たが、騎士が危なげなく倒してくれて、俺の出番はなかった。
洞窟の中を進んだ先に、壁画があった。
そこには日本で見るような、体の長い龍神の絵と、海の波の絵で描かれた門のように見えるものがあった。
俺はなんとはなしに、その門のように見える空間に手を触れた。すると吸い寄せられたかのようにズルリと体が壁面に入ってしまった!
「閣下!」
「公爵様!」
護衛騎士が叫ぶのが聞こえたが、目眩がしてつい
目をとじた次の瞬間、俺は見慣れた蔵の中の、でかい姿見、つまり鏡の前にいた。
俺の地球での住まいは日本にある古民家で、蔵付きだった。
そこは祖父母の家で、祖父母亡き後に住まわせて貰っていた。
「え? 元の世界に、公爵の実体を持ったまま、帰ってきた!?」
まさか、あの壁画の門とこの姿見の鏡が異世界とつながっていた?
驚きつつも、 俺はひとまず暗い蔵から出た。
そして蔵のすぐそばには見慣れた古民家がそこにあるのを確認した、俺の家だ!
結婚までは金を貯める為、祖父母の家を使わせて貰っていたんだ。
俺は家の鍵を無くした時などの、万が一の為に蔵にあるやや古くなったタロットカードの箱の中に鍵のスペアを入れておいたのを思い出し、蔵に1回とって返し、鍵をゲットした。
何故タロットカードの箱に入れたのかと言うと、他人のタロットに触れると悪いものを貰うと言われているので、知ってる人ならなんとなく触れたくないだろうと思うところに鍵を隠した訳だ。
好きな絵柄のタロットをわざわざ買ってな。
占い自体は少し触った程度で、あまり真剣にはやってなかった。
それにしても俺のこの地上での病院の中に意識不明でいた身体はどうなったんだろうと、思いつつも、スペアキーで家に入った。
電気もちゃんとつく。洗面所に行くと水も出る。
姉か親がまだ金を払ってるのか、俺の口座の預金分か分からんが、とにかくライフラインは生きていた。
ポストにも多少のダイレクトメールやチラシが入ってはいたがギチギチではないから、度々誰か、おそらくは隣の市である、比較的近くに嫁ぎ、住んでる姉が掃除などに来てくれてるのかもしれない。
ありがたいと思いつつ、とりあえず俺はトイレに行った。
トイレットペーパーもストックすら残ってる。
用を足してから、家にあったタブレットの電源を入れると、これもちゃんとつながる!
日付をみるとやはり夏だ。異世界と季節はそうずれてない。
コードを挿しながら充電してやればちゃんと起動するのだ。
こちらの夏は異世界より暑いので、冷房も入れる。 ちゃんと動くことがありがたい。
寝たきりだと仕事はもう諦めるとして、この身体ではこちらに戻ったとしても戸籍もないから、どうすればいいか分からない。
もしかしてこちらの俺の肉体は死んでる可能性もある……と、しばらく考え事をしていると車のエンジン音が聞こえた。
家の駐車場に車が来た気配を察知。
俺は原付バイクはあったが車を持ってなかったので、姉か親か?
出迎えたいが、俺の今の姿は漫画の中のキャラの実写版だ。
身内からすると、お前誰!? 状態である。
しばらくすると玄関の引き戸がガラリと開けられる音がした。
固まったまま、動けない俺。
「誰かいるの!?」
姉の声だ!!
俺は先ほど入ったばかりで玄関を開けたままで、そしてエアコンを使ってるので室外機も動いてる。
誰かいるのは姉も察知していたんだろう。
「いる! その声は姉貴だろう!? 真理姉!
俺は涼だよ! 」
「!? コスプレイヤー!? あなた誰ですか!? 弟は病院で意識不明ですよ!」
襖を開けたらいきなり弟の家でファンタジー異世界系の服を着たイケメンの俺がいて、姉はめちゃくちゃ驚いてる!
そして姉は手に傘を持っていた。武器のつもりか、バットのように構えて、やや震えてる。
「驚くのは無理ないけど、異世界憑依転生したんだよ! 俺はあんたの弟の八城涼なんだ!」
「リョウ? 嘘……でしょ?」
「本当だって! マリ姉! そーいや幼い頃に一緒にこのばあちゃんの家でビニールプールに入ったよな? 姉貴の左胸の上には二つホクロが並んでるだろ?!
何故か蔵にある古い鏡が異世界とつながってたんだ、それで戻ってこれた!」
ホクロの位置という身内か知り合いしか知らないだろう情報を出してみた。
姉貴は顔を赤くして、左胸の上に手を置いた。
しかし、今日の姉貴はノースリーブを着てるけど襟付きシャツで今はホクロは見えてない服装である。
「な……そんなことを、なんで」
「弟だから! ホクロが二つ並んでて特徴的だったから、たまたま覚えてた!」
「すけべな私のストーカーとかではなく!?」
「現実を見ろ! こんなイケメンが姉貴のストーカーなんかやってなんになる!?」
「失礼!」
確かに! だが、事実! 姉は不細工ではないが
かなりふつーの容姿である。
「姉貴のおすすめの漫画の「異世界転生したら聖女だった件! 〜執着してくるイケメン神官様が実は王子様!?〜」の世界にいたんだぞ!
今の俺は悪役令嬢ミルシェラの父のケーネストだ!」
「ケ、ケーネストはすぐ死んだし、死んだ時は銀髪のはず!」
「黒髪に戻した! 娘が俺に似た髪色の第二王子に惚れないように!」
「な、なんですって!?」
「まだ、俺を疑うなら、姉貴の初恋の相手は、幼稚園の保父さんの……」
「あー! もういい! 皆まで言うな!」
しばらく姉とギャンギャン言い合って、俺は怪しい者ではなく、弟なんだと必死に説明した。
「あんた、この世界で戸籍もなく、どうなんの?」
「分からんけど、もし行き来が可能なら、寝たきりの障害者って金も多分国から出るだろ? 金があるなら、日本の調味料、持てるだけ持ってあちらに帰ってみようと思う」
「この後に及んで日本の調味料!?」
「味噌と醤油と米とかほしいし、こっちは戸籍問題があるし、寝たきりの俺がまだ生きてるなら、すり替わりもできん」
「そうね、こっちの世界じゃ戸籍もないもんね……」
「おまけに階段から落ちる前、彼女寝取られたし、職も失って、あちらの異世界では公爵だし、美人の妻と可愛い娘がいるんだよ、あの子を放っておけない……」
「悪役令嬢を……」
「悪役になる前の幼女なんだ、絶対に第二王子に誑かされないようにする!」
俺の決意の固さを見て取った姉は、深く深呼吸をしてから、
「じゃあ、調味料の件だけど、せっかくなら新しいのも買って、持てるだけ持って行く?」
と、提案してくれた。
「行く! リュックとトートバッグに詰めてく!」
そして俺はかつて着ていた日本の服に着替えつつ、なんとなく浮遊霊状態で行った神社は、龍神を祀っていたなということを思い出していた。
そして、着替えが完了した後、姉が突っ込みを。
「あんた、なんで甚平とか着てるん?」
「フツーの服がな、足の長さが違ってジーンスとか、変な感じになるんだ……」
「ああ、ケーネストはイケメンな上にスタイル抜群で足が長い……」
「左様……」
悲しい現実。




