ダンジョンの中へ
「あ、そうだ」
俺は領地内にてダンジョン発生の為、現地調査に向かっている馬車の中で、ある事を思いついた。同乗者は側近の騎士が一人だ。
俺が王女の外交補佐を任命された時、貴族達の悪意を感じた。
女性の爵位継承に不満のある者たちが俺への嫌がらせに恥をかかせようとしたんだろう。
そういうやつが俺に何かあった後に、家族に手が出せないように弱みを握っておくほうがいいな。
と、思いついたので、 馬車の中で魔法の袋に入れておいた勉強用の貴族年鑑を手にして、ページをめくる。
原作知識を使って違法な闇オークションに出入りしていた貴族の名前をリストアップしておく。
これは確実に弱みになるので、俺に何かあった時は取り引き材料になるだろうから、念の為にダンジョンに入る前に妻への手紙を用意しよう。
しかし揺れる馬車の中では名前は書きにくいな……ひとまず栞を挟み、同乗している騎士にでも口頭で伝えておこう。
「この貴族年鑑内で、俺が栞を挟んでる箇所に載ってる貴族は違法な闇オークションに行ってる奴らだと、妻に伝えて置いてくれ、奴らの弱みになる」
「はい? 急に何を」
俺の急な話に戸惑う側近を無視して、どんどん栞を挟んでいく。
「ダンジョン内で俺に何かあったら、家族や家門を守れるかもしれない情報だと伝えてくれ」
「あの、閣下はダンジョン中に入らずとも、我々騎士が代わりに入りますが」
「今回の調査に赴く者の中で魔力が一番多いのは誰だ?」
「……閣下です」
「魔法のトラップなども有るかもしれないし、抗魔力の高さの事も考えると、やはり最終的には私が行くのがよいだろう。入り口付近の様子見くらいはお前達に頼むけど」
「はい、もちろん我々が先行します。そして魔力の強さは確かに閣下が最強ではありますが、記憶がまだしっかりとは戻ってないと聞き及んでおります」
確かに俺の今の知識にはかなり偏りがある。
「あー、ついでに簡単な魔法は本を見ておさらいしておくから、そう心配するな。全部念の為の行動だ、ちなみに貴族年鑑は馬車から降りる時に座面の中に隠しておくからな、お前がそれを覚えておいてくれよ」
「は、はい」
一応魔導書も魔法の袋に突っ込んである。備えあればなんとやらだ。
馬車の中でもやることが多いな。
──そうして色々馬車の中でも作業をすすめていたら、現場の田園地帯の森の入り口に着いた。
俺は降りる前に座面を上げ、宣言通りに貴族年鑑を収納した。
馬車から降りると、ちゃんと案内役の兵士がスタンバイしていた。
「こちらの森の中にある岩壁に突如としてダンジョンゲートが現れました」
「よし、森の中に入る」
我々は木が生茂る森の中を歩いて行った。
森らしく、時折鳥や猿のような動物の声がする。
「猟師が獲物を探してる時に偶然見つけましたのが、このダンジョンです」
岩壁には時限のひずみのような入り口が、確かにあった。
魔力が渦を巻いているかのようで、穴の大きささは3メートルくらいあり、円形だ。
「先に我々が三人ほど入り、確認してまいります、少し付近を様子見してから戻ってまいりますので、公爵様はしばらくここで待機されていてください」
「ああ、ではその前に私は妻に手紙を書いておく」
俺は騎士の言葉に返事をした。
馬車が揺れてまともな文字が書けなかったので、この入り口付近で書いてしまおう。
「はい、ではそのように」
そうして手練れの騎士が三人ほど名乗りをあげ、先行した。
時間にして30分ぐらいで一旦戻ると言うので任せた。
──そして30分くらい後。
「只今戻りました、奥はなかり深くなっているようですが、入り口付近にいる敵はたいした強さではありませんでしたので、倒しておきました」
心強い!! 仕事でき!
「この手紙はひとまず懐にでも入れておいてくれ」
俺は側近からひとりの騎士を選んで手紙を託してから、ゲートを通り、ダンジョンに足を踏み入れた。
ゲートを通った瞬間、未知の経験に鳥肌が立った。全身が総毛立つ。
ダンジョン内は洞窟で、壁はふしぎな苔が発光し、真っ暗闇ではなかった。
足元の地面には騎士に倒されたばかりの魔物の死体がちらほらと見受けられた。




