174話「日本語の授業」
「では、このボイスコミック、漫画に音声がついたものを1回聞かせ、俺がこちらの言葉になおしていうから、よく聞いてくれ。そしてこちらが原作漫画だ。セリフのところに付箋を付けて自分で書き込んでくれ」
文字がそこそこ書き込める幅の広い付箋と原作の漫画本を参考書のように差し出す俺。
アレンシアにはこすると消せるボールペンを貸したのでそれを手にしている。
「ミルシェラの教材はアニメとやらでしたよ、絵が動いて喋っていました」
椅子にしゃんと背筋を伸ばして座ってるアレンシアには流石の高位貴族夫人の貫禄とエレガントさがある。
「ミルシェラの授業の続きはミルシェラがするから、俺は他の教材からだ」
「そうなんですの、こちらの登場人物は貴族のようですね」
「ミルシェラのはなんだった?」
「皇太子と他国から嫁いできた姫の物語でした」
「ああ、姫が健気すぎて可哀想な待遇になってるやつかな」
「ええ、皇太子妃なのにあまりに酷い扱いですわ」
「先が気になる?」
「ええ、まぁ、あの鈍い皇太子はいつ彼女がかつての恩人だと気がつくのやら」
「ふふ、先が気になるなら勉強もやる気になるな」
「でも、あの作品は周りの人間が不親切な悪者だらけでイライラします!」
「それも作者の狙いだろう、この主人公はいつ幸せになれるんだよ! とやきもきする、そして先読みしたくて課金する」
「……いい商売ですわね」
「では、授業に入ろうか、声付きの漫画動画を再生するぞ」
「はい」
そして声優が喋った後で俺が通訳するという流れで、授業を進めた。
アレンシアが付箋にセリフをこの異世界言語に変更して書く時は一時停止である。
一話終わると、手元の付箋つき漫画を通しで読んで貰う。
「2話目はあれだ、セリフの字幕を俺が手書きで入れておくよ」
「字幕?」
「画面の下にこのように文字を入れるんだ」
俺は字幕つきの動画を見せた。
「ありがたい話ですが、かなりの手間では?」
「君が通しでそれを読んでる間に少し進めてみるよ、動画の方ももう1回流すから、手元の付箋見ながらまた聞いてみてくれ、あとはひらがな、文字の書き取りの練習」
「分かりました」
そうしてアレンシアの本日の日本語講座を終えた。
「お疲れ様、疲れたろう、休んでくれ」
「ええ、休ませていただきます」
「肩が凝ってるなら、マッサージをしてみようか?」
「今から人を呼ぶのですか?」
「俺がやるから気を使う必要はない」
「出来るんですか?」
「動画で学んだから、多少は。俺には治癒魔法もあるから、心配するな」
「そ、そうですか、そこまでおっしゃるなら……」
俺達はアレンシアの部屋へ移動した。
侍女は人払いして帰した。
「さぁ、アレンシア、そこのベッドに横になってくれ」
「……何故私のベッドで?」
アレンシアの顔が何故か赤い。違うぞ、やましい気持ちではなくてだな。
「横になってマッサージをうけてもらうから。俺のベッドが良ければ隣の部屋だし、移動するか?」
「ここでいいですわ」
俺は天蓋付きベッドの方に向かい、ベッドシーツの上から大きなバスタオルを敷いてから、楽な服装で横になるよう指示した。
アレンシアはしばらく躊躇してからスリップドレスに着替え、ベッドに登って横になった。
「気持ちよかったらそのまま寝てしまう人がいるんだよ、眠気がきたら気にせず寝てもいいからな、あ、仰向けではなく、うつ伏せになってくれ」
「はい」
アレンシアは仰向けからうつ伏せになった。
スリップドレスの裾が捲れて、慌ててなおしてた。
俺はその仕草から目を逸らし、端末からリラックスできそうな音楽を流しつつ、ひとつ深呼吸をしてマッサージを開始した。
アレンシアの肌は白くてスベスベして年齢を感じない。
日本の化粧品とかの効果も多少はあるかもしれないが、子持ちとは思えないほど若々しい肌の張り具合である。
すごい。
雑念を祓うようにしてマッサージをせっせとしていると、アレンシアはいつの間にか寝落ちした。
「寝た……」
俺は音楽の再生を止め、静かにアレンシアの部屋を出て、そのまま執務室へ向かった。
コーヒーを飲みながら公爵のやるべき書類仕事をして執事に今晩食べたい物を伝えたりもした。
夕焼け空になるまで作業を続けて、やがて執務室にノックの音が響くと昼寝を終えたミルシェラが晩餐の迎えに来た。
俺はミルシェラを縦抱っこして、食堂に向かった。
けっこう育ってやや重くなったけど、まだ抱っこできるなと思った。




