ダンジョン発生
今回のサンドーラ国との外交パーティーは成功した。
「エルシード公爵、今回はありがとう。ほとんど私の手柄みたいになってしまって申し訳無いけど、王家と後で私個人からも褒美を送るわ」
俺は外交補佐を無事に務め上げ、パーティーの終りに エカテリーナ王女にお礼を言われた。
「王女殿下からも褒美をいただけるのですか?」
「ええ、もちろん、私でなんとかなるものなら」
「物の代わりに、娘や家族に何かあったら殿下に味方をしていただきたいのですが、そういうことでも可能ですか?」
「……分かったわ、家族想いね。エルシード公爵は」
王女は一瞬、意外な要求をされたという顔をしたが、優しく高貴さを感じる微笑みで、了承してくれた。
そして俺は外交パーティーを無事に終え、深夜となってしまったが、妻と帰りの馬車に乗りこんだ。
魔法の街灯の明かりに照らされた道を通り、自分の領地へ帰る為に一旦転移ゲートのある神殿へ向かう。
「あなた、パーティーの終りにエカテリーナ殿下と何か話されてました?」
妻があの時の様子を見てたようだ。
「ああ……殿下個人からも今回の褒美をくださるらしいので、何かあったらうちの家族の味方をしてほしいと頼んだんだ」
「そうですか……」
妻の問いに俺は正直に答えたが、真夜中の馬車の中は暗く、妻の表情は見えなかった。
そしてそれ以後妻に話しかけられる事もなく、帰り道の馬車の中が静かだったので、俺はつらつらと考え事をした。
うちの子は「異世界転生したら聖女だった件! 〜執着してくるイケメン神官様が実は王子様!?〜」という漫画原作の作中で第二王子に騙された悪役令嬢であるからして、主人公は別にいる。
その主人公はというと、異世界転生者の聖女で、その相手たるヒーローは王が歌姫に産ませた婚外子の第三王子である。
彼にはろくな後ろ盾が無いため、神殿に神官として在籍していた。
その後に異世界転生者の聖女と出会い、神官ヒーローは聖女と交流し、恋に落ちる。
異世界転生者の記憶が覚醒する聖女は、果樹園の娘だ。元の階級はただの平民。
リンゴの木に登って降りられない猫を助けようとし、木から落ちた衝撃で前世の記憶が蘇るパターン。
原作で第二王子はミルシェラを利用し、第一王子暗殺に成功し、一時期王太子に繰り上がってはいたが、結局第二王子は能力と人望がなく、聖女と絆を深めた婚外子の第三王子が祭り上げられ、還俗した。
そして 第二王子の罪は後に暴かれ、婚外子だった第三王子が王となる。
── そう、後で聖女が出て来るんだよなぁ。
この子は絶対に敵に回したくないな。
そしてややして神殿に到着したので 神殿から転移ゲートを使い、領地に戻り、一晩グッスリと寝てから翌日も朝から仕事を開始した。
昼過ぎまで書類に目を通してハンコを押すマシーンのようになっていた俺。そして領地に突如として問題が発生した。
「公爵様! 我が領地内の農村地帯に新たなダンジョンゲートが発生しました!」
執務室へ飛び込んで来た伝令の言葉はいかにもな異世界感に溢れていた。
ゲートから魔物が溢れ出て、娘や領地の民に被害が出てはいけない。
怖いけど領主として様子を見に行かねば。確か公爵って魔力多くて強いはずなんだよ。そう簡単には死なんだろ。
冒頭で死にかけてたのは上位魔族が相手の戦闘だったからだ。
「ダンジョンか。急いで騎士と魔法使いを呼んで視察に向かう」
俺は冷静を装い、執務室にいた文官達に声をかけた。とても胸がざわめいていたけど、何故か猛烈に行かねばとも感じていた。
「はい」
やや遅めのランチとして軽食を口に詰め込んだ後、着替えなどの出かける支度をしながら俺は執事に声をかけた。
「……今、ミルシェラは?」
「お嬢様は今、お昼寝の時間かと思われます」
「ちょっとだけ顔を見てくる、その間に騎士達を集めてくれ」
今度は近くに控えていた側近の騎士に声をかけた。
「かしこまりました」
俺はミルシェラのいる寝室に静かに入った。
娘は天蓋つきのベッドの中で愛らしい顔をして、すやすやと眠っていた。
万が一、ダンジョン視察で自分の身に何かあるといけないので、行ってくるよの挨拶の代わりに眠る頬に、愛してるという気持ちをのせ、そっとキスだけ落とした。
会ったばかりで、こんな想いや父性が目覚めてしまったのは、やはりこの体が憶えているからか、原作漫画が好きだったからなのか、不思議なものだと思いつつ、俺は来た時と同じように静かに寝室を出た。
「閣下、騎士と魔法使い、揃いました」
「ああ」
視察メンバーが揃ったと側近が歩み寄って来た。先発隊はおよそ30人程度で向かう。
「あ、あなた!! ケーネスト!」
妻のアレンシアだ。どうやら慌てて見送りに玄関まで駆けつけてくれたらしい。
今日は同派閥の夫人達と公爵家内のサロンで詩の朗読会とか言ってたのだが。
「アレンシア、領地内にダンジョンが発生したから様子を見てくる」
「はぁっ、はぁっ、そう、ですか、お気を、つけて……」
やっぱり心配……してくれてたんだよな?
息をきらせて駆けつけてくれたこの姿を見るに。ちょっと、胸がじんとした。
「ああ、気をつけるよ」
そう言い残し、俺はダンジョンの発生した農村地まで俺は馬車で向かったが、今度は普通に馬で行けるように乗馬訓練するべきだったと思った。
魔法使いは俺と馬車に乗ったが、騎士達は馬だからだ。その方が速いし。
そして乗馬はだいたい貴族男性の嗜みとして出来るはずなので、言葉と同じように体が覚えてるといいのだが。




