オレーシャは公爵邸へ
食堂で妻と気まずい事になった4日ほど後の事。
「エルシード公爵様! 助けてください!」
「な、何事ですか? 一体……」
とある令嬢が泣きはらした顔で屋敷に俺を訪ねて来たと執事が報告してきたので、会ってみた。
フード付きの外套を纏っているので、こっそり出て来た感がある。
先日のガーデンパーティーにもいた子だったかもしれない。そこはかとなく、見覚えがある。
とりあえず深刻そうなので、俺は人払いをして公爵家内のサロンで彼女の話を聞くことにした。
「子爵家の者で、オレーシャ・シビラ・アッサレドでございます」
「アッサレド子爵令嬢か」
年齢は16か17歳くらいに見える。
「はい、実は、つい先日、私は……婚約者に新しい恋人ができたせいで、婚約破棄されたんですが、この不名誉で今度はお父様がどうせまともな嫁ぎ先はないからって……」
おいおい、ひどい婚約者だな。
「それで、アッサレド子爵はなんと?」
とりあえず続きをうながす俺。
「つ、妻を虐待死させると噂のあるアルイガ伯爵の後妻として私をお金の為に売り飛ばそうとしているんです……」
これはまた……先日妻に話した内容と被るな。
「……地獄のような縁談だな。聞くが、その伯爵は生娘を欲しがってるのなら、手っ取り早く誰か君に好きな男でもいたら処女を貰っていただくとかは」
「伯爵は別に生娘とかにはこだわらないと思います、若くてそこそこ綺麗な女ならということですから」
ぬう……。
他所の家庭の事なので、その縁談ちょっと酷いんじゃないか? などと俺が親にツッコミ入れたとしても、じゃああなたの愛人として買ってくれますか? とか、言われたらそれも困る。
「……つまり、君に駆け落ちする相手はいない?」
「い、いませんわ」
だとすると、もうあの手かなぁ。
「では……君、死んでみるかね?」
子爵令嬢の瞳は絶望を深め、周囲を見渡し、果物の側にある、果物ナイフに目を止めた。
「……己の妻を虐待死させる男にこの身を汚されるくらいなら、いっそ死ねと言う事ですね……」
そう言って、果物ナイフに手を伸ばそうとした彼女の手を慌てて掴む俺。
「早まるな、違う。死んだことにすると言う意味だ」
「死んだことに?」
「君の死を偽装する、単なる家出、行方不明だと捜索される可能性があるからな」
「ど、どうやって死を偽装するのですか?」
「1、馬車の事故に見せかけて谷底に転落……しかしこれは御者は死刑確定の犯罪者を使うにしても、罪もない馬が犠牲になる、それと馬車」
「それは……罪人の御者はともかく、馬がかわいそうですわ」
「私もそう思う。ではその2、一時的に仮死状態になる薬を飲むが、これは危険が伴う、失敗したら本当に死ぬかもしれない」
「……薬」
仮に死なないまでも、副反応とか後遺症とかでたら怖い。えーと、他にも何か手はあったか? あ、ある!
「その3は焼身自殺だ」
「しょ、焼身……」
流石に怯えの表情だ。
「君が遺書を残した後、どこかの廃屋か小屋でも使って、焼身自殺を図ったことにする。小屋に火をつけてな、これには偽装用に君と背丈が近い女性の死体を調達し、燃やす必要がある」
「……どなたの死体を」
「どのみち既に亡くなっているとはいえ、誰かの遺体を使うのに気は咎めるだろうが、これが一番安全かもしれない」
「私が、死んだことにした後は……」
「私の領地のどこかで……身分は平民になってしまうが、名前や髪色などを変えてひっそりと生きる」
子爵令嬢はしばらく考え込んだが、意を決したのか、口を開いた。
「で、では、焼身自殺偽装をするとして、公爵様は別荘はお持ちではありませんか? そこのメイドか針子にでもしていただけませんか?刺繍は得意です」
「メイドか針子かぁ、別荘は果樹園の近くにあったはずだ」
「では、そこに置いていただけますか?」
「本当に平民落ちして使用人になってもかまわないんだね?」
「この際、贅沢は言えませんもの……」
「ところで、今更ながら何故私を頼ろうと思ったのかな? 特に親しくも無かった気がするが」
「あの茶会で……お優しい方だなと、他に頼れる方もいなくて……申し訳ありません」
なるほどな。ややこしいことに関わってしまったが、こんな金目当ての酷い縁談の犠牲になりそうな、かわいそうな女の子を放っておけない……から、仕方ない。
俺は魔法の袋に入れていた文房具やお金などを取り出した。
「とりあえず便箋と封筒とリボンとハサミとインクだ。これで遺書を書いて、それから俺からの救いは無かったと絶望を装ってこの屋敷を出て一旦自宅に帰る……のが怖かったら宿り木亭という宿に泊まる」
「は、はい、宿に行きます。邸宅ですと、もう嫁ぐ日まで一歩も邸宅から出れなくされる可能性があるので」
そこまで酷い親か……。
「そして使える小屋とご遺体が見つかったら連絡するから、その時は髪を一房切ってリボンで結び、遺書の封筒にそれを同封し、手紙を家に出すという流れにする」
「分かりました」
「では宿代と着替え代を渡すから、なるべく目立たない服に着替えなさい、宿の前に古着屋とかに行くといい、貴族令嬢ではなく、街娘に見えるように」
「はい、何から何までありがとうございます」
子爵令嬢はまだ涙目ではあったが、希望の光を浴びたような顔をしていた。




