112話「激突」
俺の提案により、リカータでの魔獣の進撃対策として、横に長い溝のような落とし穴が作られることになった。
普段はのどかな農道なのに、物々しい雰囲気の中、土魔法の使い手は魔法薬でドーピングしながら、大急ぎで罠を間に合わせてくれた。
地面が普通に続いているように見せかける偽装土も、その落とし穴を覆うように土魔法により形成されている。
落とし穴の先には土の壁を作り、壁向こうには油を用意した者が隠れていで、火矢隊も近くの物見櫓のようなものから待機している。
この先にはでかめの農地があるから、できればその手前で何とかしたい。
魔獣の死体で汚された土地の作物はあまり食べたくはないからなぁ。
そして夜明け前のまだ暗い中、休みもしないのか、走り続けた猪系の魔獣の群れが先頭に走ってきて、落とし穴にまんまと落ちた。
仲間が目の前で落ちているのに途中で止まれないのか、猪系の魔獣は次々と転落。
落とし穴の下には尖った土槍の罠もある。
穴に落ち、硬化の術で杭の様に硬くされた土槍が刺さって断末魔を上げる魔獣の声が響く。
「やったぞ! やつら次々と穴に落ちてる!」
しかし、血まみれになっても即死はしていないものもいるので、特に刺された個体の上にいるものが、壁際に走りより、這い上がろうとする。
「数が多すぎて先に落ちた仲間の上を通ってしまいそうだ!」
「油を!!」
「次に火矢! 放て!!」
そこに油がかけられた後、火矢が飛ぶが、突風が吹いて火矢が届かない。
「火が届かないぞ!」
様子を見ていた一般傭兵が叫ぶ。
しかし、一応それも想定内。
「魔法使い! ファイヤーボールを!!」
「はい!」
司令官の指示が飛ぶとすぐさま待機していた火の魔法使いの火球が油にまみれた魔獣を直撃した!
肉が焼ける匂いが充満してくる。
「なるほど、魔法の火球なら逆風にも負けないか」
狙い通り、火の精霊が目標地点に火を届けてくれた。
「あんなに大量の油、もったいなくないか?」
「どうせ豚の油だろ?」
「お前自分の命と油、どっちが大事なんだよ」
などと、少しのんきな会話が傭兵達から聴こえて来たが、次に狼系の魔獣達が迂回ルートで遅れてやってきた。
これらの敵とはすぐさま乱戦になった。
そして大きな角を持つ、鹿系の魔獣も来て、なんとコイツらは大きな落とし穴の溝を大ジャンプで飛び越えた。
下で猪系の魔獣が燃えながら断末魔の声をあげているのに、その姿にも、火にも恐れがないようだった。
「あの鹿、飛び過ぎだろ!」
「角に気をつけて倒せ!!」
「数が多い!!」
薄闇と土煙の中で戦士達の怒号と鋼と肉と角のぶつかる音がする。
「魔法使い! 灯りの魔法を!!」
「「「はい!!」」」
『ライティング!!』
「じきに夜明けが来る! 魔獣の力も多少は弱まるはず!」
吸血鬼なら太陽でどうにかなりそうだが、魔獣はどうかな。
「なんかでかいのが来たーー!!」
まるでマンモスのような巨大なゾウ系の魔獣が現れた。
「あれに踏みつぶされたら、死ぬ!!」
あまりにも巨大なのが突撃してくるから、怯みかける戦士達。
『シールド!!』
俺はマンモス系の魔獣の行く手を阻むシールドをはった。つまり魔法を弾く結界ではなく、物理的な存在を弾く為の魔法の盾を展開したのだ。
しかし、魔法の盾に、雄叫びを上げつつ、体当たりするマンモス系の魔獣達。
鹿系の魔獣がシールドをはる俺をターゲットにしたのか、コチラに向かって来る。
そこは俺を守る為に護衛騎士達が応戦し、硬い角に苦戦しつつも、ちゃんと守ってくれている。
凄まじい衝撃音がする。
魔獣マンモスの体当たりが激しく、俺のはった魔法のシールドに、ついにヒビが入る音がした。
「このままではシールドがもちません! 閣下は安全圏内へ撤退を!」
護衛騎士が俺を心配してそう叫んでくれたが、
「シールド1枚でだめなら重ねる!!」
ここで退くわけにもいかない!!
「エルシード公爵様!?」
「シールドを重ねるだって!? そんな無茶な!! 体が持ちませんよ!!」
無茶と言われても、2枚目いくぞ!!
『シールド!!』
俺が二枚目の大きなシールドをはった途端、心臓に痛みが走り、口と鼻から血が出た。
くそ、流石に負荷が大きい!!
生暖かい血が体を伝う感触が気持ち悪いが、ここでやめられない。
「あのでかぶつを仕留めろ!!」
「閣下を守れ!!」
俺を助けようとする騎士や戦士達の声が聞こえる。こんなところで……俺は死ぬわけにはいかない!!
──まだ、娘と妻と息子の幸せな未来を守れる確証がないから!!




