110話「リカータという領地」
「ぐううっ! 痛い……っ! 苦しい、助けてくれっ痛み止めをくれっ!!」
「先生!! どうしましょう!? 患者達の苦しみ方が尋常ではありません!」
「今日手伝いに来たばかりの新人看護師か……この痛みは魔獣の毒のせいだよ」
中央神殿からくだんのスタンピード被害をこうむっているリカータという領地の神殿に転移したら、そこには多数の傷病者が運び込まれていた。
まるで野戦病院のような雰囲気で、神聖な神殿だと言うのに、そこら中に血の匂いがしていた。
そして……傷を受けて横たわる者達はベッドも足りずに大理石の床の上だ。
「…… 魔獣の毒とは? 尋常ではない苦しみようだが……」
俺はその辺にいた神官に聞いた。
「あの傷病者達ですね、魔獣に噛まれたところから毒に侵されてあのよう痛みがでるようでして……」
神殿の床の上で、もがき苦しむ患者の元へ医者らしき者が紫色の瓶の薬を持って近づく。
「この薬を使えば、痛みは軽減されますがまともな思考が出来なくなる可能性があります」
!!
「なんでも……ッ、なんでもいいからこの痛みを消してくれ……っ!」
傷病者は通常の者よりメンタルも強そうな戦士であっても……耐えられないのか、痛みを消して欲しいと助けを求めている。
「この薬は強すぎて大切な人の事まで忘れてしまうかもしれませんが、それでも……使いますか?」
究極の選択を迫られている。
強烈な鎮静剤はまともな思考を奪うのか……日本の医療現場でもある事みたいだ……とはいえ、あの痛みの中で正気を保つのも困難か……。
なんて辛い現場なんだ。
「ぐ……っ、ううっ……」
「認識票で所属は分かるので、一旦ご家族に確認を……」
そこへ町人らしき女性が駆け込んで来た。
「あなた……っ!!」
「ミーナ……ッ ぐうっ、痛い! たす……助けて……くれ……っ」
駆けつけた彼女はどうやら傷病者の妻らしい。遠方からの派遣ではなく、現地の戦士だったのか……女性は男性の手を握った。
「この方の奥様ですか?」
医者が女性に声をかけた。
「はい! 先生、夫の痛みを消してやってください! お薬を!」
夫の尋常ではない苦しみようを目の当たりにして奥さんの顔色まで真っ青だ。
「ですが、この痛みを消すにはとても強い薬を使う必要があり、大切な家族である貴方のことも忘れる可能性がございますが……それでも使いますか?」
「えっ!? そ、そんなにも!?」
「ぐぅっ! ああ……っ!! 」
なおも苦しみ続ける患者……。
「ああっ、夫があんなに苦しんでいる……どうしよう、神様……っ」
「たす……けて………くれっ……ガハッ」
男は床の上で苦しみつつ、赤黒い血を吐いた。
「ああ……っ! もう見てられません!! かわいそうで……っ! い、痛みを、痛みを消してあげてください!」
奥さんは夫の様子に耐えられなくて泣きながら医者にそう言った。
「では奥様、この薬を使いますよ、後悔はしませんね?」
医者は家族に最終確認をとっている。
「するかも……しれませんが……夫を……あの人を痛みから解放してあげてください、本人が助けてくれって……あんなに苦しそうなので……見てられない……かわいそうで……」
「閣下、そろそろ移動しませんと」
「ああ、そうだな」
痛みに呻く人を呆然と見てる場合ではなかった。
俺は騎士に声をかけられて我に返った。
「ずいぶん厄介な魔獣がいるようですね」
「ああ、苦しみようが半端じゃない」
俺は小走りしながら騎士達と話し、神殿の出口へ向かう。
「包帯が足りないわ! そこの新人さん! 早く倉庫から持って来て!!」
「はい!!」
俺達はなおも切迫し、殺伐とした神殿建物内から外に出た。
すると神殿から溢れた傷病者達がそこにもいた。
「スタンピードというのはこんなにも被害を……」
「エルシード公爵様! こちらです! 誘導します!」
「ああ」
現地の騎士らしき者が俺をみつけて声をかけて来た。
「魔獣は現在西の方角に向かっております」
「西になにかあるのか?」
「普通に人の住まう街や農村、それから……昔の聖女の墓地……でしょうか?」
「昔の聖女の墓地がこの地に?」
「ええ、この地は昔、聖女が移り住んだ土地なのです。普段はおだやかで綺麗なところなんですよ」
現地の騎士は悲しげにそう語った。




