104話「メカクレの美少年」
〜 ミルシェラ視点 〜
「あの、リースベット・ローマイアー嬢、私がスズメ蜂を始末したことは秘密にしておいてくださいね、世間的には大人しいってことになっているので」
「も、もちろんです、ミルシェラ様、お互い秘密ということで……」
「そうね、私とあなたは秘密を共有したわ」
金持ち貴族に売られそうになっていて自殺未遂したがっていた男爵令嬢と、大人しいフリで実はそうではない公爵令嬢の私。
それにしても娘を金儲けや権力を得る為の道具にするクズ親の話……物語も沢山ありますけど、物語のヒロインであれば素敵な王子様や騎士などのヒーローが助けに来てくれるものですが、モブとなれば悲劇は悲劇のまま終わることが多いです。
世間の親が皆、うちのお父様のように「下手に権力者と繋がるよりは恋愛結婚をしなさい」と、言ってくださる方ばかりならいいのに。
王家は毒殺、暗殺、陰謀渦巻く危険なところであることが多いのは沢山物語を読ませてくださったので理解し、私も警戒しています。
今でも十分お金はありますし、お父様は外国とも交流してツテを作るとおっしゃっていたし……。
いざとなったら、この子が首尾よく騎士クラスの人と縁を結べたら、二人一緒に外国に逃がしてやる事も可能かもしれない。
──そしてその後、学内のスズメ蜂は全て駆除できたという噂を聞きました。
◆◆◆
とある水曜日の放課後。
騎士クラスの訓練で見学に行けるタイミングがきました。
「いいですか、騎士達の訓練を見てあの人とお近づきになりたい!と、いう相手が見つかったら考えうる中でいけそうなものは古典でもなんでもやってください」
「こてん?」
そう言って令嬢はこてんと首をかしげましたが……洒落とかではありません。
「それこそわざとらしく本人の前でハンカチを落として拾って貰うとか、差し入れをして胃袋を掴むとかです」
「ハンカチは持っていますが、差し入れは……」
リースさんは手ぶらなので今は無いのは見て分かります。
「ターゲット、いえ、お相手が定まれば私がかわりに食べ物を用意してもかまいません」
食品代も厳しい状況だと気の毒なのでサンドイッチとか、レモンの蜂蜜漬けとか……代理で用意してもいいです、そのくらいなら私のお小遣いでも用意できます。
「あ、ありがとうございます」
「あ、でもサンドイッチなら、パンに何か塗ってレタスやハムやチーズ等を挟めば簡単に作れるはずなので、今度一緒に作りましょう」
子供用包丁ならお父様が用意してくれてます。
「え? ミルシェラ様は公爵令嬢なのに料理をされるんですか?」
うちは規格外のお父様(公爵)がいるので、します。
「魔力持ちの貴族はいつ使用人も料理人もいない戦地に派遣されるか分からないじゃないですか、多少はできていた方が生存率が上がりますので、ある程度は仕込まれています」
実はうちはお父様が料理をされる珍しいタイプの公爵なので私も多少の料理が出来るのです。
でもうちのお父様は料理が上手だなんて触れ回るのも高貴な貴族としては良くない可能性があるので、そこは未だ伏せておきます。
「じょ、女性でも戦場に行かされるのですか?」
「敵が魔族で強すぎるとか、戦力が足らない場合や総力戦なら、あり得るでしょう?」
「た、確かに……」
過去に魔王が人間界を支配しようと魔物の軍を率いて侵略に乗りだした時は……女性である聖女も女性の貴族も総動員して戦った、と歴史書にありましたし。今世でそんな騒ぎが絶対にないとは限りません。
何しろ、うちのお父様はいつも「いざという時に生存率を上げる為」と言って、私に色々生きる術を教えてくださってますから。
お父様は極端な心配性にも見えますが、私に向かってそういう時のお父様の瞳は真剣で、とても切実そうですから、私も面倒だとか言って、そういう知識や技術を教わるのを断ることもしませんでした。
アニメを見ながらできる魔道具のルームランナーとか足漕ぎマシーンまで秘密の部屋に用意してくださってますし……。
そう、私は表向きは病弱を装う為、お父様が秘密裏に私の体を鍛える為に作った隠し部屋が公爵家にあったりします。
「さて、騎士の訓練所のある区域へ行きましょう」
「はい、ミルシェラ様」
ずんずんと歩いて行き、私の後にリースベットもついてきます。
「そこの君達、神学クラスの生徒じゃないよね?」
突如として片目メカクレ系美少年が現れ、声をかけてきました!
「え? そうですが、騎士クラスの訓練を見学する為に移動を」
私は隠すことでもないと思ってバカ正直に答えました。
「騎士クラス? こちらは神学クラスだから位置的に逆だよ」
「あっ! ま、間違えました!」
堂々と歩いて道を間違えました! 恥ずかしい!
でもまだ新入生なので! こんなこともあります!
そのメカクレさんは確かに神官系の制服を着ていて、どことなく第一王子殿下に似ている気がしました。
「……ねぇ、君ってもしかして……ミルシェラ?」
「え? そ、そうですけど」
どうしてこの人はクラスも違うのにデビュタント前の私のことなどを知っているの? しかも呼び捨てで……。
「あ、ごめんね、呼び止めて、騎士クラスに移動中だよね」
何故か悲しげな顔をしたそのメカクレさんがやや気になりますが、今はリースベットの婚活が大事です。まったくわずか十歳で婚活が必要なんてこの貴族世界は地獄のようです。
「は、はい、では失礼します。行きましょう、リースベット嬢」
「はい、失礼します」
私はリースベットの手を引いて反対側の騎士クラスの訓練所へ向かいました。




