103話「実はわりと強い娘」
〜 ミルシェラ視点 〜
王子殿下とのダンスレッスンなどしたくなかった私は医務室に逃げ込みました。
すると2人ほど先客、いえ、患者たる生徒がいました。
私と同じエンジ色のリボンの制服を着た一学年の女の子二人が泣いていて、腕を保健医、もとい医務官の女性に消毒されてます。
「どうしたの?」
私が声をかけると、生徒の代わりに医務官が答えてくれました。
「蜂に刺されたそうです」
私は公爵令嬢なので、医務官も丁寧な言葉になっております。
「あ……それはお気の毒に……」
「蜂だなんで、怖いわ……」
付き添いのエイマーズ伯爵令嬢も攻撃的な蜂の存在に怯えています。ただの蜜蜂ではないのかしら?
「学園内に危険な蜂の巣でもあるんですか?」
私は気になって医務官にそう問いかけました。
「まだ詳しくは分かりませんが、移動教室の為に一階の渡り廊下で大きめの蜂に遭遇したそうです。そして今、職員が巣が学園の庭にあるか調べているようです」
「なるほど、蜜蜂のような小さな蜂ではなく、大きい蜂なんですね」
もし、裏庭に巣でもあるならしばらく裏庭でぼっち飯は控えた方がいいでしょうね……。
土曜は茶室を一部屋借り切り、日曜は寮の自室でお弁当を食べるとか……。
「エルシード公爵令嬢はどうなさったのですか?」
あ! そうでした! 問われて思い出しましたが、私は仮病で医務室へサボりにきました。
「少し目眩が……ベッドで一時間ほど休ませてくださいませんか?」
「分かりました、空いているベッドをお使いください」
医務官の許可が出ました。これでダンスレッスンをやり過ごすことができそうです。
「エイマーズ伯爵令嬢、ここまで付き添いをありがとうございました、もう授業に戻ってください」
「はい、おだいじに」
私はベッドに横になって蜂の事を考えました。
魔獣でも暗殺者でもない、ただの虫である蜂は警備兵も流石にノーマークで通してしまうでしょう。何しろ蜂はただの虫で、空を飛んで来ますし。
でもスズメバチのような蜂であるなら、二度も刺されるとアナフィラキシーで亡くなる事もあるらしいから、十分な注意が必要ですね。
1時間後のチャイムがなるまで私はしれっと医務室のベッドで横になっていました。
そして休んだ後、教室に戻ろうとしたら、一階の渡り廊下で未だウロウロしてる女生徒がいました。
蜂の被害があったところなのに、ウロウロしてどうしたんでしょう?
気になって私は廊下に向かい、少女に声をかけました。
「あの、あなたそこで何をされているの? もうすぐ次の授業が始まるし、そこは蜂の被害があったところですよ?」
「……蜂を待ってます」
「え?」
「私……私なんか蜂に刺されて死ねばいいんです!」
ええっ!?
「ちょ、ちょっと落ち着いて、何があったんですか?」
「よ、四年後に私はうんと年上の金持ちの貴族のところに後妻として嫁げってお父様が……いっそ蜂に刺されて死んだ方がマシなんです!」
そんな理由が!!
「うんと年上……相手は三十代とか?」
見たところお金に困ってる系の男爵令嬢です。
「五十歳近いそうです……」
「ええ!? 孫ほどの年齢の娘を妻に!?」
「よくわかりませんが、執事はセイゴーとか言ってました」
せ、性豪? 私は漫画で得た知識からそう脳内変換しました。世の中にはとんでもない色欲お化けも存在する……。
そして四年後というのは、さすがに今すぐだと世間体が悪すぎるから、私達の成人年齢が十五なので、四年後なんでしょう。
おそらくそれの一年前倒しなのは婚約期間?
私はひとまず彼女の手を引っ張り、渡り廊下から移動して、室内の廊下に来て声を潜めて話しかけました。
「ま、まだ四年ありますから、希望は捨てないで、ほら、騎士科のクラスであなたを守って駆け落ちしてくれる人が見つけられるかもしれないし……蜂に刺されるのは腫れて痛いと思いますし」
「きゃっ!」
え!? 急な彼女の悲鳴で背後を振り向くと、一匹のスズメバチがこちらに向かって飛んで来るではないですか! 室内にまで入りこんでいたとは!
そして男爵令嬢は頭を抱えてしゃがんでます。
「とうっ!! ……仕留めました!」
私は懐から出した扇子で飛んできたスズメバチを一閃して叩き落としました。
私、実は反射神経はいい方で、お父様がいざという時の為にと、密かに鍛錬させられています。
「え?」
泣いている男爵令嬢が驚いて顔を上げました。
「ほら、やっぱり蜂に刺されるのは怖いのでしょう? そんなに小さくなって泣いているではないの」
「し、知らないうちにチクッとされるのと面と向かって来られるのでは違うって言うか……ぐすっ」
「とにかく、こんな大きな蜂に二度も刺されるのは辛いと思いますよ。死ぬくらいなら逃げていいんです」
足元で逝ってる蜂を私は扇子で指しました。
「……エルシード公爵令嬢……」
「ミルシェラでいいわ、私が騎士クラスの訓練を見学が出来る時に付き添ってもいいので、ね?」
「そうまでして……ミルシェラ様は強くてお優しいのですね……私の名前はリースベット・ローマイアーといいます」




