102話「春の嵐のような日」
夕闇の迫る頃、桜並木の中を自転車で走る。
俺を振って他の男の男の方に行った綾華を久しぶりにカフェで見かけた。
やっぱりハイスペの男にはフツメンは敵わないんだ! ちくしょう!!
くそったれ、もう勝手に幸せになれよ!……愛してた!!
そんな風に思ってた事もあった。
お別れも「わかった、さよなら」
なんて強がったシンプルな言葉を送っただけ。
つまんない終わり方。
元カノからは振られて俺と別れたといっても、別に不幸になればいいとは思ってなかった。
今はまさか浮気されていたとは……。
奪って行ったあの浮気男は憎かったけど、俺の魅力が足りないせいだとも思ってた………でもあいつ、浮気するクズだったんだなぁ。
桜並木の中を走っていたら、幸せだった綾華との過去が脳裏をよぎるけど、今は他に大切な家族がいるから、俺は不幸じゃない。
ただ、もし、あの俺の階段から転落して事故って意識不明の本体が目を覚ました時、俺がケーネストの体を返さないといけない場合、また全てを失う。
本来のケーネストは、家族を守ってくれるだろうか?
ミルシェラを守れるだろうか?
遺言めいた日記でも書いておくべきかなぁ。
作者さんが今はどんな作品を書いてるのか気になった。
もしかしてそろそろ悪役令嬢主役のスピンオフとか書いてないかな?なんて……思って自転車を止めて桜の下でSNSを開いた。
すると有名漫画家が事故死したというニュースが目に飛び込んできた。
「え? 作者さん、事故で亡くなった……!?」
不意に強風が吹いて桜の花びらが舞い上がり、頭を殴れたような衝撃に襲われ、鳥肌も立った。
……まさかとは思うが、作者さん、異世界転生なんてしてないよな?
その訃報によって多くのお悔やみの言葉、ファンの嘆きがSNSに溢れていた。
諸行無常……。
なんて言葉も脳裏に浮かぶ。
……作者さんの魂が……安らかに眠れますように。そしてほんの少しの慈悲でもいい。
あなたの作品から……死ぬために生まれたような悪役令嬢だった俺のミルシェラに救いがあるように祈って欲しい……あの世からでも。
家に帰ってから、姉に団子と食材を託して、すぐにあちらに帰ることにした。
二、三日は桜の季節の日本を堪能しようかと思ったけど、無性に家族に会いたくなったから。
とりあえず異世界に帰って、夜にはまだ幼い息子と一緒に寝た。
公爵家の窓からは、月が見えていた。
満ち欠けする不安定な月は、朧に霞んで見えた。
心が乱れて勝手に切なくなって、涙が滲んでいたせいかもしれない……。
◆ ◆ ◆
〜 ミルシェラ視点 〜
アカデミーでは王子殿下二人が同じクラスに来て、午前の授業からダンスレッスンの日が来てしまいました。
高貴な王子殿下ですから、高確率で公爵令嬢か侯爵令嬢あたりがパートナーに選ばれます。
私は少しよろける演技を交え、先生に声をかけます。
「あの、ちょっと、目眩がするので、医務室へ行かせてください」
私は漫画で読んだので知ってます。都合が悪い時には保健室や医務室に逃げれば良いって……。
ダンスレッスンの時間が過ぎるまで、しばらく医務室のベッドで寝かせてもらいます。
「おや、それは大変だ、誰か付き添いを」
先生が余計な気を回してくれますが、
「先生大丈夫です、一人で行けます」
と、断って教室を出ました。
そして、私の他にも教室を出てきた人の気配があります。単に移動教室だからかと思ったのですが、
「殿下、お待ちください! よろしければ私のパートナーを」
殿下!? 驚いて振り向くと、第一王子殿下がいました。そしてストラウケン公爵令嬢も!
彼女が第一王子殿下のダンスパートナーを希望しておられるのね!
「いや、エルシード公爵令嬢が具合が悪そうだから、僕は医務室まで付き添いをしようかと」
え!?
「い、いいえ、そんな恐れ多いです、殿下の付き添いだなんて。私など捨て置きください」
「捨て置くだなんて」
「あの! エルシード公爵令嬢には私が付添ますので王子殿下はダンスレッスンへ向かってください!」
エイマーズ伯爵令嬢はストラウケン公爵令嬢のとりまきなので恋のアシストをしようとしてるのかもしれません。
「ありがとうございます、エイマーズ令嬢。ではあなたに付き添いをお願いしますね」
私がエイマーズ伯爵令嬢にニコリと微笑みかけると、流石に殿下も引き下がるでしょう。
「そ、そうか、ではな」
少し残念そうな王子殿下の表情が気がかりでは有りますが、私は伯爵令嬢と医務室に逃げます。




