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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第七章:死灰の残響編
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第59話「”デートは、いかが?”―後編―」

 こちらは、59話の後編となります。

 幕が上がると、そこにはまた大きなスクリーンが垂れ下げられていた。


 照明の明かりに照らされ、影が見える。


 その影は、よく見ると建物やそれの雲や太陽の形がとられていた。


 どうやら、演目は「影絵」らしい。


 次いで、スピーカーから“ザー……”という微かなノイズが走り、リンイン――幼い声が響いた。


“――これは、これは、一人の女の子の物語”


 リンインの声は、どこか遠く、温度のない調子で続いた。


 リンインの語りに合わせ、影絵たちが少し大袈裟に動き出す。


“美しい両親のもとに、生まれた赤ん坊――”


 両親らしい男女の影は、赤ん坊の影を大切そうに抱いていた。


“赤ん坊は、それは大層大切に育てられ”


 赤ん坊の影がくるりと回転すると、女の子の姿へと影は変わる。


“両親の愛を一心に受けたその子は、とっても可愛らしい女の子へ育ちました”


“女の子の名は、リンイン”


 少女の影は、楽しげにくるくると回り出す。


“リンインの父は、貿易船の船長をしていました――”


 すると、大きな船と共に、船長帽をかぶった男性の影が躍り出る。


“父は船に乗って、世界中を旅していました”


“でも、そのせいで、リンインは大好きなお父さんと年に数回しか出会うことが出来ません――”


 スピーカーから流れるリンインの声が、哀しく沈む演技をしていた。


“でも、大丈夫!”


 打って変わって、リンインの声が明るいものへ変わる。


“なぜなら、父が寂しがる娘のために、可愛らしい子犬をプレゼントしたからです”


 リンインと父の足元を、子犬の影がぴょんぴょんと駆け回っていた。


“子犬の名は、カロン”


“リンインが好きだったアニメの、犬の名前からリンインが自ら名付けました”


 そして、リンインと犬のカロンの影が楽しそうに遊んでいる。


“リンインは、たとえ父と会えなくても、大親友のカロンと共に、大好きな父の帰りを待っていました”


 そして、リンインとカロンの姿が少し成長したものへ変わる。


“そんなある日、久しぶりに帰って来た父が、リンインにとある提案をしました”


“それは、かつて父が過ごした日本に、行ってみないか?というものでした”


 すると、父の影が、子どもの姿へと変わる。


“父の父親もまた、貿易船の船長をしておりました”


“ある時、日本の地で出会った女性に恋をし、そして父が生まれたのです”


 そして、風景が少し変化する。


“子ども時代を日本で過ごした父は、いずれ自分の娘をその地へ連れて行ってやりたいと考えていました”


“そんな折、彼はかつて育った日本の港町へ仕事で向かうことになったのです”


 そして、父とリンインの影へと戻る。


“幼い時から、日本のことを聞いていたリンインは、憧れの地へ行けると大喜び!”


 そして、リンインと子犬、両親と共に、彼らは船に乗って大海原を駆ける。


“そして、家族そろって、日本の地へと向かうのでした”


“いよいよ、到着したリンインたち一行の、日本での生活がスタートしたのです”


 そして、場面が転換し、港町の風景が影絵によって表現されていく。


“父から教わっていたこともあり、リンインは日本語や日本の文化をどんどん学んでいきました”


“そんなリンインの毎日の日課が、大好きなカロンとのお散歩です”


 そして、リンインと犬の影が軽やかにステップを踏んでいた。


 すると、ザーと雨の音がスピーカーから流れだしたと思うと、影の雨がリンインとカロンに降り注ぐ。


“どうしましょう、突然の雨にリンインとカロンは困ってしまいました”


 そして、走り出した二人は、一本の木の下で雨宿りを始めた。


“困ったことに、雨は中々止みません”


 すると、スピーカーからリンインとは違う、男の子の声が流れ始める。


“す~きです、す~きです、すきだから~”


 歌と共に、木の影から一人の影がひょっこり顔を出す。


 リンインと同い年くらいだろうか?


 頭には、学生帽らしい帽子を被っているのが分かる。


“おや、お困りかい?”


 男の子は、リンインの前へぴょんと踊り出る。


“そうなの、突然の雨でおうちにかえれなくなっちゃったの”


 リンインの声が答える。


“なるほど、では『これ』をお貸ししよう”


 男の子は、どこからともなく、一本の傘をリンインへ差し出す。


 それは、真っ赤な色をした傘であった。


“ありがとう、でも、あなたはいいの?”


“ぼくは、いいさ。雨が好きだもの”


“でも、これはいつ返せばいいの?”


“また、出会ったときでいいさーー”


 そう言うと、男の子は雨の中をくるくると踊りながら消えていった。


 リンインは真っ赤な傘を差し、家路へ帰る。


“リンインは家へ帰ると、そのことを母親へ伝えました”


 家の中には、リンインの母親がオレンジ色の花へ水をやっていた。


“そう、それは親切な人もいたものね。じゃあ、今度会ったときには、傘とそのお礼に、この花を渡しなさい”


“母はそう言うと、リンインに一輪の花を渡しました”


 その花は、オレンジの鮮やかな花弁が印象的であった。


 その瞬間、舞台が暗転し、リンインと子犬、そして、父親が映し出されていた。


“そして、リンインは父と一緒に、あの男の子を探して、カロンとともに歩いていました”


“……それが、悲劇の始まりだと知らずに”


 リンインの声が、一瞬、女性の声へと変わる。


 そして、軽やかに流れていたBGMも止まり、舞台は静寂に包まれる。


 やがて、リンインの声が何もなかったように、再び語り始めた。


“リンインは、一生懸命探しました”


“朝からずっと、ずううっと”


 赤い傘とオレンジの花を持ったリンインと子犬、父親の影が忙しなくスクリーンを動き回る。


“でも、残念ながら、例の男の子は見つかりませんでした”


 リンインが傘を握りしめながら俯いた所へ、父親がそっと手を差し伸べる。


“今日は、たまたま会えなかっただけさ。また、明日にでも探しに行こう”


“父はそう言って、リンインを慰めました”


“カロンも、リンインの手を……やさしく舐めました”


 そして、舞台は最後の転換を迎える。


 照明の色が白から、鮮やかな濃いオレンジ色へと変わる。


 スピーカーから、カン…カン…カン…と、踏切音が流れ出す。


 どうやら、父親とリンインは踏切が上がるのを待っているらしい。


“それは、それは、長い踏切でした――”


 そして、リンインはあの赤い傘を広げる。


 その合間も、踏切の音が、淡々と流れていた。


“暇になったリンインは、ふとあの男の子からもらった赤い傘を広げました”


“――と、その時です”


 リンインの手にした傘が、ふわりと宙を舞い、踏切の中へ入っていった。


“リンインは、『あっ』と、声を上げました”


 すると、隣に座っていた子犬が踏切内へ走り出す。


“優しくて、賢いカロンは、リンインの顔を見て、一目散に走り出しました”


“あの、赤い傘をリンインの元へ返すために…”


 淡々と語るリンインの声に、ひどく深い悲しみの色が僅かに現れた。


“大切な友達を追って、愚かなリンインも踏切内へ走り出します”


 その声には、ひどく冷たいものであった。


“不幸とは、まさに一瞬の出来事なのです”


 踏切の中へ降り立った二人へ電車の巨大な影がゆっくりと迫る。


“その時、勇敢で、聡明な父は、一心不乱に我が子の元へ駆け寄ります”


“でも、瞬きよりも短いその時間では、皆を救い出すことは出来なかったのです”


 電車の警笛が、けたたましく鳴り響いていた。


“父は、娘の小さな身体を抱きかかえ、放り投げました”


 そして、ガンっと大きな音を立てて、影はオレンジの空を映し出す。


 そこへ、真っ赤な傘とオレンジの花びらがゆらゆらと舞う。


 そして、舞台は終わりを告げ、何事もなかったように、白いスクリーンだけがそこにあるだけだった。


 舞台の終わりと共に、いつの間にか、和泉はもと居たエレベーター前へ戻っていた。


 後ろでは、エレベーターがその口を、静かに開けて、客人が入って来るのを待っている。



  *  *  *



 和泉は、再び冷たい扉を潜り抜ける。


 和泉が乗り込むと同時に、扉は固く閉ざされる。


 閉じ切る、その刹那――舞台の中央に、オレンジの花……マリーゴールドを抱えたリンインの影が、ちらりと見えた気がした。


 しかし、すぐに扉が閉じ、本当に見たかどうかなど、今はどうでもいい。


 なぜなら、この先に居る“彼女”と出会えれば、それで済むのだから。


 そして、エレベーターは何事もなく、淡々と最上階を目指し、上昇する。


 それは、主人に命じられたブリキの人形のように、忠実に。


 チン――


 エレベーターのチャイムが、目的地へ着いたことを告げる。


 ゆっくりと、扉が開かれる。


 そこは、いくつかの木製の机といすが並んでいた。


 また、横手にはバーであろうか?


 カウンターが、ひっそりと置かれている。


 最上階――いわば、展望台であることの証明であるかのように、フロア全体を大きな窓が、外の景色を鮮やかに映し出していた。


 海原を照らす太陽は、先ほどの舞台と同じく、オレンジの花のように陽光を、この幻想世界へ降り注いでいた。


 そして、その一番奥。


 窓に背を向けて立つ女性が一人。


「少し、待たせたかい?」


 和泉が、とても優し気な声でその背へ語りかける。


 まるで、小さな幼子に語りかけるように。


「いえ、そうでもないわ」


 後ろで、赤い紐で結ばれた髪をゆっくりと翻し、その女は振り向いた。


 黒のシルクの布地に、黄金の花の意匠が刺繍されたチャイナドレスに身を包んだ女性を、和泉は知っていた。


「こんな誘い方でなくても、すぐに来たのにさ――」


 そして、和泉はゆっくりとその手を前へと差し出す。


「澪音さん」


 澪音は、とても柔らかな笑みをたたえながら、あの山門で出会ったときと同じく、遠い目で和泉を見つめていた。


「ごめんなさい、久しぶりのデートに、年甲斐もなくはしゃいじゃって」


 そして、彼女もまた、その手を和泉へと向ける。


 互いの手が差し出されたそれは、まるでデートの誘いのようにも見える。


 だが、二人の間を包む空間が、互いに放たれるオーラに、ぐにゃりと歪む。


「顕現……《点火針(てんかしん)》」


 和泉の手に、銀色の美しい刀身をしたヴァジュラ《点火針》が顕現する。


 その切っ先は、まっすぐ澪音へと向けられていた。


「解き放て……《白日(バイリー)》」


 同時、澪音の手にもヴァジュラが顕現する。


 それは、三角錐状の鋭い白金製の槍先に、長くしなやかに伸びた赤い紐が結ばれていた。


 澪音は、右手の槍先を優しく持ち、左手に赤い紐をくるくると巻いている。


 ――縄鞭。殺すための“遊び”。そして、縛るための“誘い”。


 二人の間に、静寂が訪れる。


 それは、永劫の時のようにも感じられたし、瞬きも許さぬほどの刹那にも感じられた。


 やがて、澪音がその美しい唇を開く。


「约会的邀请……已经开始了吧?」

次回予告


 互いに、傷つけたかったわけじゃない…。

 けれど、“運命”はいつだって残酷だ。


 振り上げられた切っ先は、もう届かないことを示す。

 それでも、刃が触れ合うたび――二人の想いは交差していく。


 誰も知らない逢魔が刻に繰り広げられる、小さな悲劇。

 次話、「オレンジの鮮烈」。

 ただ、淡々と踏切は鳴る――。

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