第51話「四光の胎動」
焔の底で、少年は己の悪鬼と向き合い、
少女たちは、それぞれの決意を胸に、剣を取った。
戦いは、もはや個では終わらない。
四つの心が重なり、ひとつの光となる時、
闇を裂く“祈り”が生まれる――。
地の底から吹き上がる轟炎が、半双の荒武者を丸ごと呑み込んだ。
大地は焦げ、空気そのものが燃え崩れる。
火の海の底で、なおも再生を繰り返す悪鬼が咆哮し、灼熱の檻を突き破らんともがく。
だが――押し寄せる炎は理を超え、“祈りの火”が穢れを焼き落としていく。
「……すごい……」
杏樹の唇から、自然と息が漏れる。
和泉の放つ焔は、もはや単なる“炎”ではない。
聖堂院で幾多の教官や一線級の開現師を見てきた杏樹ですら、この出力は知らない。
思い出に並ぶのは、ただ一人――黒き疾風・笠井 亮。
熱風が髪を煽る。
杏樹は息を呑んだ。
それは“技”でも“術”でもない。
魂そのものが燃え立つ――圧倒的な意志の奔流。
和泉の焔を見上げながら、理恵と亜子もまた息をのむ。
地を焼く熱気が頬を刺しても、誰一人、視線を逸らせなかった。
ただ――理恵の瞳だけは、熱に呑まれず冷ややかに燃えていた。
『お嬢様……』
「ええ……」
理恵の声音は凛と澄み、どこか祈るようでもある。
「――あれほどの出力。“自傷”は免れないでしょうね」
“深化”。
開現師が目指す到達点にして、踏み越えてはならない境界線。
己の悪鬼と完全なる“相剋”を果たさねば到達できず、敗れれば魂を喰われる――それが深化の代償だ。
「百希夜さんの内に棲むもの……“白影”」
理恵は静かに続ける。
「あれほどの存在を完全に調伏するのは、本来なら不可能。
それでも彼は、やってのけた……しかし――」
視線の先。
予見どおり、和泉の身体は限界へ傾きつつあった。
「くっ……はっ。やっぱ、まだ上手く使いこなせねぇか……」
右手を見下ろす。
皮膚が焦げ、筋が弾け、黒く崩れる。
それでも和泉は笑った。
烈火の中、半双の荒武者もまた燃え尽きかけていた。
甲冑は剥がれ、肉は炭化し、膝をつく。
「……が、ぎ……ぎぎ、がが……」
再生が追いつかない。
細胞は煤のように崩れ落ち、地に散る。
――誰もが、終焉を確信したその時。
――ゴオオオオオオオオッ。
天を貫く轟音。
空間そのものが震える。
夢の深層が揺らぎ、裂けた。
「な、なに……!?」
「これは――」
「……ボス……?」
三人が一斉に上空を仰ぐ。
裂けた雲間から月光が落ちる。
「……先生。さすがだな」
和泉は空を見上げ、微かに笑う。
別戦域で、笠井が悪鬼の首魁を討ち取ったのだ。
勝利の余韻が戦場を包み――
――ブツン。
乾いた音。
荒武者の胸部から黒い裂け目が走り、そこから瘴気が滲み出た。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
耳を裂く咆哮。
地が裂け、瘴気が渦巻く。
周囲の大地が蠢き、無数の“骸”が這い出す。
「うそ……今度は、なに!?」
杏樹が悲鳴を上げる。
崩れ落ちていた荒武者の肉体が骸を纏い始め、
骨と肉片が絡み合い、異形の“第二の身体”を形づくる。
無数の白骨が寄せ集まり、赤黒い瘴気が骨の隙間を満たす。
――地獄が形を得たような戦鬼。
「どうやら、まだ終わっていないようですね……」
理恵が立華鉢頭摩鋏を構える。
刃先が黒炎を反射して鋭く光る。
「敵さんのトラップが発動したってところ……」
亜子が低く呟き、銃身を上げる。
光弾が奔る――
だが、新たに生まれた半双の荒武者は紙一重でそれを躱した。
黒炎が尾を引き、空間を裂く。
下は馬胴、背には骸腕――合体の悪鬼。
咆哮は地獄のうねりそのもの。
相対するは、四人の開現師。
「……全員、行けるか?」
和泉の声に、三人が並び立つ。
「お任せください」
理恵が髪を払って答える。
「もちのろん!!」
杏樹がデガ喇叭を咥え、にっと笑う。
「今度こそ、遅れは取らない」
亜子の銃口は、すでに悪鬼を捉えていた。
四人が構えた瞬間、荒武者が突進する。
「理恵!」
「はい!」
和泉と理恵の刃が交差し、悪鬼の一撃を受け止める。
火花が散り、空気が震える。
「えいっ!」
「撃って!」
杏樹と亜子の攻撃が左右から走る。
だが、骸の装甲はびくともしない。
「ガアアアアアアアッ!」
爆炎。
四人は一斉に間合いを外す。
「どうする? このままじゃジリ貧だよ」
杏樹が肩で息をしながら問う。
「連携を意識すれば隙が生まれます。ですが――」
「考えすぎるな。倒す――それだけだ。」
「……百希夜さん?」
「やることは一つだ」
短い一言。
迷いのない瞳。
理恵はわずかに笑み、頷く。
「……了解しました」
「わたしも賛成」
「なら決まりっ!」
三者三様の返事が重なる。
和泉は短く息を吐き、前へ。
掌に焔が宿る。
「――行くぞ。鬼焔操流!」
地を這う炎が爆ぜ、紅蓮の奔流が荒武者を飲み込む。
灼熱の中、悪鬼は跳び退く――が、その退路を紫炎が断った。
「立華鉢頭摩鋏、双剣形態――」
理恵が舞う。
藤の香が広がり、花びらが剣閃のように散る。
「――藤の舞い、虎落狩り」
高速の旋舞。
双剣が藤の花を巻き上げ、悪鬼の脚部を薙ぐ。
骸の四肢が裂け、巨体がたたらを踏む。
「……今です!」
理恵の合図。
光が飛び込む。
「行くよっ!」
杏樹が音を鳴らし、光に包まれて跳ねる。
次の瞬間、小さな悪鬼――篥歯が姿を取る。
「ギイイイイ――!」
大太刀が振り下ろされる。
だが、篥歯は音もなくかわす。
「泡連爽弾ッ!!」
氷泡が矢のように飛び、骨の鎧に霜が張る。
「……効いてる」
亜子が低く呟く。
動きの鈍った悪鬼へ狙いを合わせ、梓へ告げる。
「梓さん、エネルギーを貯めたい。援護お願い」
『畏まりました。……長くはもちませんよ?』
慧珠が光を放つ。
防護壁が展開され、亜子の副砲が唸る。
「……上等」
荒武者が火弾を吐く。
結界が受け止め、ひびが走る。
『くっ……!』
梓が耐える。
その隙を突いて悪鬼が突進――
だが、後脚が何かに絡め取られた。
「……ここからは、逃がしません」
理恵が蔓を引く。
紫の花弁が舞い、足を縛る。
「ギャアアアア――!」
炎弾――
ザンッ。
「女の子をいじめるなよ」
和泉の一閃が火球を断ち切る。
炎が散る中、叫ぶ。
「今だ、杏樹!! 撃て!」
「了解っ!」
和泉の背に掴まっていた杏樹が跳躍。
光粒に包まれ、上空へ。
荒武者が喉奥で瘴気を煮えたぎらせ、業火を吐こうと――したが。
――轟。
火は放たれる前に、内側から爆ぜた。
「……やっぱりな。俺の“火”は、生半可な力じゃ扱えねぇぜ」
和泉が低く呟く。
空中の杏樹が腕を広げる。
「凍りなさいっ! ――泡連爽弾!!」
氷結の泡が降り注ぎ、装甲にひびが走る。
熱と冷がぶつかり、蒸気が空を裂く。
「あこっち、準備オーケー!」
杏樹がサムズアップ。
亜子が静かに頷く。
「エネルギー充填完了。梓さん、結界解除!」
『了解――!』
結界が解けた瞬間、光弾。
――ドガアアアアアアアン。
閃光が空間を貫き、轟音が遅れて鼓膜を揺らす。
光が爆ぜ、骸の鎧を穿ち砕く。
そして――風が吹き抜けた。
耳鳴りの中、光が晴れる。
そこに立つのは――まだ、終わっていない影。
半身を失いながらも再生を試みる半双の荒武者。
骨と炎がせめぎ合い、命とも呼べぬ呻きが漏れる。
「百希夜さん!!」
「トッキー!!」
「和泉くん!!」
三人の声。
和泉は静かに一歩、前へ。
悪鬼が狂気の咆哮を上げ、大太刀を振り抜く――が、その刃は届かない。
「あんたが俺の眼を喰った時――同時に、あんたの“核”の位置も見えたよ」
右腕の点火針が紅蓮に染まる。
白影の力が脈打つように光る。
「……さあ、こんな悪い夢から――目ェ醒まさせてやる!」
悪鬼が退こうとする。
杏樹が叫ぶ。
「だめっ! 距離が――!」
和泉が笑う。
「――いや。俺の“一線”も、深化したのさ」
刀身が赤く燃え、空を裂く紅が走る。
「紡げ――《赤い一線》」
世界が静止する。
「――《炎上》!!」
ザンッ。
赫奕たる一線が灼熱の炎を纏い、悪鬼を両断する。
燃え裂けた身体が崩れ、骨も炎も声も――すべてが音もなく溶けた。
やがて、灰は風に散る。
その中心に立つ和泉の背だけが、紅い残光を受けて輝いていた。
◇ ◇ ◇
「“半双の荒武者”の擬態者、時田 祥太、二十八歳。自宅で拘束、菩提府へ移送済みです」
笠井から事件記録を受け取った大塚は、数枚を流し読みし、指先で紙端を整える。
「……元はコンビニ店員。依頼人の少年たちとは勤務していた店にたむろしていたことを注意したことから揉めていた……。そこを“朱天”に付け入られた、か」
笠井は短く頷いた。
「報告書の通りです」
「にしても――」
大塚は書類を机に伏せ、視線だけを上げる。
「お前の見立て通り、あいつらの“育成”も形になってきたな」
「いいえ。まだ覚えるべきことは山ほどあります」
即答に、大塚はふっと笑う。
「……何か?」
「いや、随分楽しそうだと思ってな」
「自分が、ですか」
戸惑う横顔を横目に、大塚は満足そうに背凭れへ沈む。
「しっかり鍛えてやれ。あの子たちは――希望だ」
観念したように、笠井は小さく息を吐いた。
「もちろんです。強く、そして聡くなってもらわないと困りますので」
報告を終え所長室の扉を開けると、廊下で待っていた四人が一斉に詰め寄ってきた。
「先生! もう一回、再戦お願いします!!」
「私からも。お願いします!」
「強くなったわたしたち、見せてあげますよ~!」
「……次は勝つ」
血気盛んな顔、四者四様。
笠井は露骨に額へ手を当てた。
「……なんだ、お前たち。あれから日も浅いんだぞ?」
「だからこそです!」
和泉が一歩前へ。
「今度は、俺の“深化”込みで再戦を!!」
「ボス、勝ったら奢ってね」
亜子が手を挙げる。
「あこっち、それ賛成!」
杏樹が即乗り。
「私も……燃えてきました!」
理恵が珍しく頬を上気させる。
「勝手に決めるな――」
と制止しかけた笠井は、ふいに口を閉じる。
顔を上げたときには、指導者の厳しさが戻っていた。
「いいだろう。ただし、今回は手加減しない」
四人の口元に同時に笑みが灯る。
「よっしゃ! 黒の部隊、出動だ!!」
「「「おお~!!」」」
わいわいとトレーニングルームへ駆けていく背に、笠井は肩をすくめた。
「まったく……」
その横で、花奈と梓がくすりと笑う。
「笠井さん、楽しそう♪」
「そう見えますか?」
「うん、昔を思い出すな~」
花奈は、去っていく五つの背と、かつての若人たちの影を重ねる。
(……兄さん)
「七瀬さん?」
「ううん。行こっ。私たちもサポートに」
こうして、大塚探偵事務所には、いつもの賑わいが戻ってきた――。
◇ ◇ ◇
朽ちかけた夢の残骸。
滅びゆく幻想の地の底で、微かな光が胎動する。
色は、朱――。
それは、まだ名を持たぬ――次なる野望。
第六章「四光の胎動」――完。
《あとがき》
第六章「四光の胎動」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
本章から、いよいよ主要メンバーが出揃い、彼らそれぞれの想いや絆を描きながら、物語を一段と大きく動かすことができました。
“個の戦い”から“共鳴の物語”へ――私自身、執筆しながらその変化を感じ取ることができた章でもあります。
実を言うと、この章の執筆期間はちょうど現実の仕事が多忙を極め、思うように筆が進まない日々が続いていました。
頭の中では「これはいける!」と思える構想があっても、いざ言葉にしようとすると手が止まり、推敲を重ねるほど迷いが増していく……そんな悪循環に何度も陥りました。
それでも、最後まで書き切ることができたのは、読んでくださる皆様の存在があったからこそです。
日々の生活の中で創作を続けるということが、いかに大変で、いかに尊い営みであるか――そのことを改めて実感した章でもありました。
令和7年もいよいよ終わりが近づき、新しい年が始まろうとしています。
どうか皆様にとって、来たる年が穏やかで、そして希望に満ちた一年となりますように。
『夢幻開現師』も、新たな章へと歩みを進めてまいります。
続編の投稿は、年明け以降も継続して行う予定です。
現時点の構想では、四月ごろを目途に次なる節目を迎えられればと考えております。
これからも、『夢幻開現師』をどうぞよろしくお願いいたします。
それでは――良いお年を!




